2011年11月

今どきの学生を見て思うこと

2011年11月29日

IMG_1509.JPG

この写真は宮崎県北部の日之影町のゆるキャラ「森林君」と「セラピーちゃん」です。どこでもゆるキャラは大流行ですね。先月この地の渓谷祭りに行ってきました。人口の流出が止まらず、少子高齢化が進むのはどこの地でも同じですが、それに対して様々な対策がとられています。渓谷祭りもその一つで、何とか日之影に人を呼び込もうと、屋台を出したり、演歌歌手に来てもらったりしていました。我々の大学もその活動に協力しようということで、学生を連れて行ってきたのです。

本学では有志の教員が、日之影のような中山間地に、人々が定住して、安心して暮らしていくにはどんなことが必要かということを調査してきています。今年で3年目になりますが、学生たちを連れて山間の村に入り、住民の話を聞いたり、一緒に焼酎を飲みながら交流をしたりしてきました。そんな活動の中で、学生たちを見て気づいたことがいくつかあります。

DSC_0221.JPGまず学生の「若さ」そのものの価値です。ほとんどが高齢者の集まりの中に、学生が入っていくだけでその人たちが元気なるように見えるのです。たとえ、学校では出来が悪くて、その存在があまり注目されないような学生でもそうなるのです。それが「若さ」の価値なんだなと痛感させられます。若い人たちは、ぜひこの「若さ」の絶対的な価値を自覚してほしい、そして活用してほしいものです。あなたがたの若さを欲している人がたくさんいるのです。

もう一つは、学生の新たな気付きです。今の学生は携帯が通じ、コンビニが歩いてすぐのところにあり、夜でも明るいのが当たり前で、それがなければ生きていけないと思っている人がいるかもしれません。しかし、携帯が通じない、コンビニもない、街灯もなくて夜は真っ暗になるところに人が住んでいる。そしてそこで十分に満足して、幸せに暮らしている人たちに遭遇すると、今のライフスタイルがすべてではない、もっと多様な価値があるということに気付くのです。

便利なことがすべてではない、不自由な中にも満足はいくらでもある。こんなことは中学や高校では教えてくれませんね。大学に来れば、いろいろな活動を通じて新たな価値観を学ぶことができるのです。それが大学のよさでもあります。

文責 秋葉

自死遺族のお話を伺いました

2011年11月14日

平成23年10月17日、うつ病による自殺でご子息を亡くされた市村さん夫妻を大学にお招きしました。そして、社会福祉学部1~3年生および教員の約200名が集まり、ご遺族のお話を伺いました。

 

spe.jpg



 

プロスノーボーダーとして活躍されていた市村さんの次男、伸吾さん(当時29歳)はうつ病のため宮崎で療養生活を送ります。ご家族がうつに苦しむ伸吾さんにどのように寄り添えばよいのか試行錯誤するなか、回復の兆しが見え始めた頃、伸吾さんは自室で首をつってお亡くなりになりました。手足は冷たくても、まだ身体にぬくもりが残っていると必死に救急蘇生を図ったと、静かに、そして淡々と市村さんは語ってくださいました。

 

scrp.jpg

 

 

市村さんは、伸吾さんの死を通して、「人がたくましく生きる」ということはどういうことなのか、そして、その事の大切さを多くの人に、とりわけ20歳前後の若い学生に伝えたいと訴えられました。幼いころから様々な形の死と向き合うこと、それは小さな昆虫でも、ペットでも、おじいさんでもおばあさんでも、色々な場面で死と遭遇し、そこで死をどう感じ受け止めるのかという体験が必要であること、そして、その死との遭遇から、自分の「生」をどう考えるのか。

私たちは死という体験から自分たちが「生きる」ということを問い直す作業をできるだけ幼いころから体験しなければならないと市村さんは語ります。また、そのことに加え、多くの挫折体験を経ることにより、心のたくましさ豊かさを培うことが自殺、ひいてはうつ病の予防に重要であると語ってくださいました。

病気のために死を選択せざるを得なかった伸吾さんや、大切なご家族を自死という形で見送らなければならなかったご遺族のメッセージは、私たちに多くのことを教えてくださいます。九州保健福祉大学社会福祉学部では、様々な痛みを抱える人々に寄り添い、その人らしい人生を歩むことができるようにともに考え、悩み、支えるという福祉のエキスパートを養成しています。これからも多くの方々の声を伺いながら、目の前にある困難に対して真摯にそして誠実に向き合うことができる援助者の養成に努めていきます。

 

aud.jpg

 

 

-----

学生の感想より抜粋
・息子さんの死を無駄にせず、これ以上自殺者を出さないように、最愛の人を失った悲しみや命の大切さ訴えているのが伝わってきた。

うつ病で苦しんでいる人、生きることをやめたいと思っている人がその人らしく残りの人生を歩んでいけるように、生きる力を取り戻すことができるようにお手伝いをしていきたいと強く感じた。

伸吾さんの遺書から家族への感謝、大好きという気持ちがすごく伝わってきた。自分で死を決めた時の覚悟はどれほどのものだったのだろうか。辛かっただろう、恐かっただろう、悔しかっただろう。周りの人の力で救える命を増やしていかなければならないと感じた。

 

・自殺は逃げではないこと、日本の精神医療福祉の遅れ、社会全体のうつ病・自殺に対する捉え方、理解が乏しい問題、教育の場における自殺に対する教育の遅れなどを実感し、命(生)と死について真摯に考える時間をもつべきだと感じた。

将来、自分が人を支えるソーシャルワーカーになったときに、この講演で聞いた話を活かし、利用者の「生きる」を支え、生きる楽しさを伝えられるようになりたいと思った。そして、一人でも多くのうつ病の人の自殺へのサインを見逃さないように、知識、技術、経験を積んでいきたい。

 

・うつ病になった人だけではなく、その家族の支援もとても重要だと思う。社会の中にはまだまだうつ病に対して偏見を持っている人も大勢いる。そのような人達に理解を求めたり、また、当事者を守り支援していくことが専門職にとって大きな課題だと思う。

遺族の方の話を聞き、命の大切さ、また専門職の役割など、改めて考えさせられた。今日の講演を聴いて感じたこと、学んだことを忘れず残りの大学の講義のなかで自分なりに考えたり、また将来、専門職として働くようになった時、伸吾さんの思いを忘れず一人でも多くの人を救えるように努力したいと思った。

 

・うつ病について自分自身がどこか心の奥底では、甘えや怠惰によるものと誤解していた部分があることに気付いた。息子さんが書いた遺書を母親が読み上げた時、グッときて涙が出た。本当に辛かったんだと思う。それを聞き、けっして甘えや怠惰によるものではないのだと痛感した。

うつ病はおそろしい病気だと思うのではなく、きちんとうつ病について理解することが大事になると思う。もう少し、うつ病の人たちが肩身をせまくせず、生きられるそんな世の中になってほしい。今後、精神保健に携わろうと思っている私は、きちんと正しく理解すべきだと思った。

 

・今回、市村さん夫婦の講演を聴かせていただき、自殺防止に繋がる「気づき」の大切さや、自殺しよう考えている人とのつながりの重要性を学びました。

うつ病という病はどんな人がかかってしまうのか、傾向が多すぎて判別がつかないという難点があります。だからこそ、今回、市村さん夫婦がおっしゃっていたように、コミュニケーションを取ることが大切だということを改めて理解できました。

これから私が生きていく上で、うつ病など心の病を抱えた人と出会うこともあると思います。その人々と対話する時、今日学んだことを忘れずに、相手を受け止めるようなコミュニケーションをしようと感じました。

 

西田 美香