2012年1月

50年後100年後を考えて

2012年1月 6日

延岡に来て4年目になりました。街にも慣れてきました。延岡は最高です。

そこで今回は街づくりについて考えます。延岡には縄文時代の遺跡から現代に至るまで延々とつづく人々の営みの跡や址が残されています。これはもう宝物です。でも、そのままでは原石のままと言った状態なので活かしにくいです。ちょっと見せる工夫が必要だと思います。

たとえば、城山。以前堀があったそうです。是非、復活したいですね。イメージとしては江戸城です。城山のまわりは公園にしましょう。そのためには50年100年といった単位で計画すると実現可能になります。六本木ヒルズ。50年前、片側2車線の道路が一の橋から来るとその場所で突然通行止めで、片側1車線の芋洗い坂へ進むことになります。登り詰めると六本木交差点です。現在ミッドタウンになっているところは防衛庁(当時)でした。その正面ゲートの通りを挟んだ反対側には「ハンター」という中古のレコード店がありました。ゲートには小銃を持った隊員がいました。まあ、六本木も50年で大きく変化したと思います。

次に天下(あもり)神社。実は前方後円墳です。道路を挟んでほぼ同型の前方後円墳が並行しています。でも、気づかれる人はあまりいないですね。延岡がヤマト国家のひとつのクニであった証拠ですね。大切にしたいと思います。天下橋近くには南方古墳群の道標もあります。最初の頃はどこに古墳があるのだろうと思っていました。南方古墳群の道標は西階運動公園にもあります。うーん、こちらもどこに古墳があるんだ。古墳の姿がわかるようになるといいですね。

ちなみに鳥居龍蔵も延岡の調査に来ています。1925年、1929年です。その成果は『上代の日向延岡』(1935)に納められています。

 

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写真は万葉の人々が「かげろい」と呼んだ延岡の風景:大学から東の空を撮影

記:高橋直也