2015年10月

卒業生

2015年10月27日

10月24日、私は山﨑ゼミ卒業生のM君の結婚式に出席しました。私たちの席には大学時代の仲間が招待されており、卒業後7年目の同窓会の様でした。井上先生も招待されており、学生の卒業後の成長に眼を細めておられました。

 同じテーブルを囲んだ同窓生はそれぞれの人生を歩んでいました。福祉現場で活躍しているばかりでなく、製造業の会社員や、金融機関に勤めていると言う卒業生もいました。

 私は、「九州保健福祉大学で福祉を学んだことは、今の人生に意味があったか。」といったような質問をしてみました。

 製造業で働く彼は、「自分の職場には多くの障害者の方も働いています。そのような方の相談にのったり、また職場のバリアフリーについて上司から質問されたりします。福祉の大学をでていると福祉に詳しいと思われるので、自分も一生懸命考えながら質問に答えるようにしています。」とのことでした。また金融機関に勤める卒業生は「特殊詐欺の被害者は多くが高齢者です。自分たちはそのような被害にあわないように日々気を配って仕事をするように指導されています。また認知症サポーター教育等も職場では実施され、自分はそのようなことを理解しやすいので、福祉の大学を出たことは今の仕事に大変プラスになっている。」と答えてくれました。そしてもちろん福祉の現場で働く卒業生たちは「大学で学んだことは現場で生きている。」とのことでした。

 さらにみんなが口をそろえていってくれたのが、「福祉のこころを持って進学してきた仲間と知りあえ、もう10年以上もこのように親しくしている。一生の友人を持てたことが最も九州保健福祉大学に進学してよかったことだった。」とのことです。

手前味噌になりますが、こんなことを言ってくれた卒業生がいました。「僕は小学校、中学校、高校まで親しい友人ばかりでなく、親身に相談できる先生もいませんでした。どちらかというと先生には距離感がありました。だけど大学では親しく接してくれる先生が大勢いていろいろな話をたくさんしました。大学の先生が自分の中では一番身近です。大学に進学してそれもよかったと思っています。」

ちなみに彼らはもっともイケメン?の一人を除いて全員結婚しているそうです。

卒業以来7年ぶりの再開でしたが、本当にうれしく思いました。

もちろん、M君とお嫁さんは最高に素敵なカップルでした。これからも末永い幸せをお祈りします。

 

 

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国立療養所星塚敬愛園の見学に行ってきました!

2015年10月21日

9月16日、ゼミ活動の一環として、国立療養所星塚敬愛園の見学に行ってきました。皆さん、星塚敬愛園をご存じですか?

 

星塚敬愛園は全国に13か所あるハンセン病療養所のひとつです。星塚敬愛園の入所者は昭和18年に最多の1,347名にのぼりましたが、現在は、159名の入所者の方々が生活されています。

 

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入所者の方々は、らい予防法や優生保護法により社会から隔絶され、子孫を残すことを絶たれ、これまで過酷な人生を歩んでこられました。しかし、今回の見学でお話しを聴かせてくださった入所者の方は、「今、とても幸せ。職員の方々もとてもよくしてくれる」と語ってくださいました。そのことに加え、幼いころ、何も知らずに療養所に連れてこられたことや、死ぬまで療養所で生活しなければならないというあまりにも重い現実に向き合わなければならなかった過去も語ってくださいました。

 

ごく普通の生活を送っておられた方がある日突然ハンセン病を患ったことにより、これまで想像もしなかったか過酷な人生を歩まざるを得なかったこと、また、そのなかで必死に生きてこられたことを知ることにより、私は「私たち人間のもつ強さや弱さ」を改めて考えました。そして、全ての人が人として尊重され、自分らしく生きることができる世の中であること、さらに、そのような世の中を守り築いていかなければならないことを痛感しました。

 

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学生の感想

  私は今回、鹿児島県にある星塚敬愛園の利用者さんにお話を伺う機会をいただきました。お話を聞いた利用者さんは、幼少期から星塚敬愛園に入所されていると聞いていたので、内向的で口数の少ない方だと勝手な想像をしていたのですが、実際にお会いしてみるととても気さくな方で笑顔が絶えない、そんな印象を受けました。お話の中ではこの療養所に来た経緯や戦時中の話、当時の治療の事などを話していただきました。その中で私が一番印象に残ったのは、1949年に制定された「優生保護法」により、ハンセン病患者は強制的に断種・堕胎が行われたというものです。ハンセン病は感染症であり、決して遺伝病ではないので例え子どもができたとしても、その子どもがハンセン病で産まれてくるわけではありません。しかし、政府は収容所に患者を強制的に送り込み、子孫を絶ち、患者が死にゆくのを待つ『患者撲滅』を目的とした政策をおこなっていました。そのため、国民に誤った認識を与え、差別・偏見を強く植え付けてしまいました。子どもを授かりたくてもできない、妊娠したとしてもおろさなければならなかったという過去を知りました。このようなお話を聞き、どれだけ国の対応が悲惨であったか、国民の差別・偏見が酷かったか改めて学ぶことができました。また、施設内の見学もさせていただきました。郵便局や売店、理容室など様々な施設があり、園内だけですべてが完結できる、ひとつの町のようでした。多種多様な施設があることから、一度隔離されると生涯外には出られないという過去があったことを痛感しました。今回このような機会をいただいて多くのことを学ばせていただきました。お世話になりました施設職員、施設利用者の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。私も今回お話をしてくださった利用者さんのように世の波に負けないよう、力強く生きていきたいです。

 

今回、星塚敬愛園を見学したことで、元ハンセン病患者の人たちがどれだけ酷い目にあってきたのか、その時の体験談や資料、映像を通して学ぶことが出来ました。そして学んだことであまりにハンセン病に対して無知であったと思いました。とても貴重な時間の中で大切な学びが出来ました。

入所者の方のお話しから昭和時代の差別的で、かつ非人道的な待遇や戦時中に起こった悲劇など当時の様子を詳しく優しく教えていただきました。当時の様子を知っている方々は高齢化によりお話を伺うのが困難になってしまった方や当時のことを思い出してしまうから話したくない方がいらっしゃる中で今回、お話しをしてくださった入所者の方のお話はとても貴重で有難いものでした。

  資料や映像を見たことで、更にハンセン病に過去かかっていただけの普通の人たちが何故あんなにも国公認で差別的な扱いを受けていたのか憤りを感じました。子どもを産んで夫婦で育てるという当たり前のことやそれ以上に産むことさえ許されず「恥さらし」とまで呼ばれ同じ女性として胸が痛みました。同じ立場に立ったら、更に逆の立場であったらどのようにしていたのだろうかと考えました。

  今回の見学で無知であった部分は減らすことが出来たと感じています。更に文献を読んだり学びを進めたりすることで更なる理解を深めようと決めました。

 

私は、らい病という病気のことを全く知りませんでした。今年の夏に大学のゼミと言うことも兼ねて一度見学しに行った感想は、様々な病気があるなかでもハンセン病「らい病」がたくさんの人々に恐怖心を抱かせており、私も実際のところ少し不安を抱えた状態で鹿児島の星塚敬愛園に見学に行きました。

今回お話しを伺った元患者の入所者の方は90歳にもなる方で、ですが全く衰えもなく元気なお年寄りだなって思ったのが正直な感想でした。確かに、顔や手足などは末しょう神経を病原菌により不自由な部分はあるけれど、私は普通に話もでき笑えていられる入所者の方を見ていて、なんだかとても落ち着いていて、安心して話ができたと思います。しかし、私が一番許せないのが政府の考えでした。 なぜなら、ハンセン病の患者さんたちはこういった病原菌にかかりたくてかかったのではないのに、そういう患者がいる事を国同士の関係などで、その人達を隔離させ施設に入れさせておき、その人達の一生の人生を奪うことは誰であっても許されることではないと思います。

  入所者の方のお話を今回聞けたことで自分の置かれている立場などが少しわかった気がしました。 最後に入所者の方が言ってくれた言葉はしっかりこれから生きていくために、生かしていきたいと思いました。

 

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以上、星塚敬愛園見学のご報告でした。入所者の方々、施設スタッフの皆様、貴重なお時間、お話をいただき誠にありがとうございました。今後とも、どうぞ、よろしくお願いいたします。

 臨床福祉学科 西田美香

臨床福祉専攻でバリアフリーを学ぶ 1

2015年10月 8日

臨床福祉専攻は、社会福祉や介護福祉、精神保健福祉などの福祉専門の教育のほかに、住宅環境や施設環境、まちづくりを考える「バリアフリー」関連の科目を設定しています。

 

今年度の授業風景を紹介します。

 

昨年度までの様子はコチラ。

「福祉を学ぶ学生が建築図面を描く?」2013.6.24

http://www.phoenix.ac.jp/faculty/social_welfare/cw_blog/entry/2013/06/

「福祉を学ぶ学生のバリアフリー提案」2014.1.31

http://www.phoenix.ac.jp/faculty/social_welfare/cw_blog/entry/2014/01/

「生活環境を演出する」2014.11.18

「『伝える』技術」2014.11.25

http://www.phoenix.ac.jp/faculty/social_welfare/cw_blog/entry/2014/11/

 

具体的な住宅の間取りを示して、移動に問題を抱える架空の居住者を設定して、そこで起きてくる問題を考え、改善策を検討する練習です。

 この時間はトイレと浴室の環境整備の提案です。教材として「事例でみる住宅改修の実際」(シルバーサービス振興会・編集 中央法規出版)に掲載されている住宅図面を使わせていただきました。

 

まずは各自で考えて、そのあとグループで自分の意見を発表し、グループで改善案を提案してもらいます。

 

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普段は何気なくしているトイレや入浴動作も、「マヒなどがあり移動が難しくなった場合」を仮定すると、どのような住み難さが出るのか悩みながら考えていました。

 

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トイレや入浴は可能な限り他人の支援を受けず自立しておこないたい行動です。自立の促進と介護負担の軽減につながる改善案を提案できる福祉職に育ってもらいたいです。

 

臨床福祉学科 三宮基裕

トイレの花子さん(11) 「信号待ちの車に運転者がいない!?」

2015年10月 1日

9月15日の横山先生の「結婚式」のブログを読んで,思い出したことがあります。最近の高校の修学旅行は研修や体験が中心となって、昔のような見学だけというのは少なくなりました。以前の東京周辺の修学旅行では、最高裁判所や国会議事堂、東京証券取引所などが定番でした。旅行会社が国会内の見学手続きの際に、国会議員の紹介があるとスムーズにいくということがあったらしく、私が修学旅行を引率した時は、地元選出国会議員がわざわざ顔を出して、生徒たちに挨拶してくれました。その内容は、「しっかり勉強し、結婚式の時には学校の先生を招待するような生徒であって欲しい」といった趣旨でした。議員の本音がどこにあったかは不明ですが、当時の私は(結婚式に招待できるくらい充実した高校生活を送りなさい)という内容に理解しました。決して、(功なり、名をあげて立派な姿を見せなさい)という意味ではなかろうと考え、政治的言行では相容れぬものがある議員でしたが、「結婚式には先生を招待しなさい」の部分に関しては、議員を見直したことを思い出しました。

 さて,9月も終わろうとしています。大学は28日より後期の授業が始まりました。この時期になると田んぼの畦道に赤い彼岸花=曼珠沙華が見られます。私は、この花を見るたびに思い出す短歌があります。

 

 

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曼珠沙華 一むら燃えて 秋陽つよし そこ過ぎてゐる しづかなる径(みち)  

高校の国語の教科書に掲載してあった木下利玄(きのした りげん 本名は、としはる と読むらしい)の作品です。秋の午後の風景を的確に詠んだ歌だと思います。教科書と言うと、無味乾燥で面白くないと思われがちですが、受け止め方で生徒にささやかな感動を与えることもあるという一例です。

 

そして、最近の沖田ダムの様子です。ついに、ダムの周回コースは国際的になってきました。先日から見かけていた外国人がいましたので、話しかけたら、イギリスからの青年でもう7年になり、このダムは非常に気に入っているということでした。(この内容は、英語ではなく、日本語で話してくれました。念のため)

 次に、ダムの様子を注意深く観察すると、管理事務所のあたりにトンビが出没するということです(写真)。管理人の話によると、時々食パンを与えているということでしたが、写真のように仲良く並んでいる場合もあるし、1羽だけの時もあります。いつもいるのではなく、広い空をあちこちと飛び回って気が向いたらダムにやってくるという感じです。昨日、市内を散歩中に「ぴー、ひょろろ」という鳴き声が聞こえました。ひょっとしたら、ダムの太郎かアイ(勝手に名前を付けています)だったかもしれません。(とんび,とんび2)

 

 

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最後に、昨日の散歩ではびっくりするような光景に遭遇しました。延岡警察署付近の三差路を私は、南延岡駅の方向に南側の歩道を急ぎ足で歩いていました。北向きの車が4~5台信号待ちで停まっていました。4台目の車の横を通りすぎた時、「うん、???」と違和感を覚えました。運転者がいなかったのです。まさか?車内で何かを落としてしまって、拾おうとして体を屈めているのではないか。私は後ろ向きに2歩下がってその車を覗き込みました。いません。え~、どういうこと?私の頭の中に、30年以上前の海外のTVドラマの『ナイト・ライダー』が浮かびました…。まさか?

 ♪♪♪♩ 真相判明。運転者が前の3台目のところから戻ってきてドアを開け、運転席に座りました。以下は、私の想像です。3~4台目の車は、知り合いで、同じ目的地に向かう途中、4台目の車のほうが「そこのコスモスで飲み物を買って行くからから、先に行っといで」ということだけを伝えたのであろう。携帯電話やメールは使えないから、あのような行動に出たのでしょう。

 これを大学の授業に絡めて述べると以下のようになります。文部科学省の『学習指導要領』を読んでいると、「多面的・多角的に」という表現が出てきます。上述の、私にとっては「運転者のいない車」は、後続の車の運転者にとっては、運転者が自分の車を降りて前の車に近づいたのでちょっとはびっくりしたかも知れませんが、その行動を見ているので、不思議なことではありません。同じように、反対側の歩道にいた人も、「あぶないなぁ」とかは思ってもびっくりはしなかったでしょう。前方の2台目の車の人は全く気づかないか、サイドミラーやバックミラーで気づいても、驚くことはなかったろうと思います。結局は,助手席側から見た私だけがびっくりしたのだということになります。自動運転の自動車がない以上、物事を合理的にまさに「多面的・多角的」に見て、考えることが大切な例だといえます。

 それにしても、本当にびっくりしました。そして、そのあとは、びっくりした自分がおかしくて、しばらく笑いながら歩きましたので、今度は私とすれ違った人たちに気味悪い思いをさせたかもしれません。

 臨床福祉学科 長友道彦