沖田ダムの森の中を歩きながら(4)

2017年3月17日

季節は段々と春めいてきています。沖田ダムに上っていく道路の川沿いにはこの時期になると,きれいな花が咲きます(写真:河津桜)。河津桜でしょうか,名前はわかりませんが,思わず見とれてしまいます。もっとも,これも車だと気づかずに通り過ぎてしまうかも知れません。最初に気づいたのは,自転車でダムに向かう途中でした。それ以来,この時期には注意するようにしています。

 

 

河津桜.jpg

 

 

この季節には,鳥たちのさえずりが活発になってきました。歩いていると,すぐ前や横を鳥たちが飛び回っています。2月下旬にはウグイスの初音も聞きました。まさに鳥たちの楽園といった風情があります。しかし,あと4ヶ月もすれば,セミたちのうるさいと言っていいくらいの鳴き声にこの道も覆われます。

また,冬の間に木々が木の葉を落として,見通しがよくなっている間だからこそ見える風景があります。ウサギ?きつね?犬?(写真:動物の顔)の顔のように見える部分が姿を現します。目のように見える部分が人工的なものなのか,たまたま偶然なのかはわかりませんが,この時期限定の光景です。若葉が生え始めると見えなくなってしまいます。

 

 

動物の顔.jpg

 

 

さて,自分の才能の有無は別として,憧れている職業があります。編曲家(アレンジャー)です。今年(2017年)1月22日付朝日新聞の文化欄で「編曲家 歌に魔法」という見出しで特集されていたので,読まれた方もいると思います。記事を引用すれば,「編曲家とは 歌謡曲のイントロや伴奏,間奏などの譜面を作り,作曲家の作った歌メロや作詞家の作った詞を引き立て,曲の世界観を完成させる音楽家」です。ここでは,歌謡曲と書いてありますが,それだけでなく,音楽全般とした方が良いと思います。楽曲の魅力を引き出していくという点では,本学の建学の理念である「学生一人ひとりのもつ能力を最大限に引き出し引き伸ばし」に共通することだと思います。

私が,歌手や演奏者,作詞家・作曲家と同じように(あるいはそれ以上に)編曲家に注目するようになったのは二十歳前後の頃だと思います。その頃聞いたFM番組の中で,小椋佳さんが「小野崎孝輔さんは弦(ストリングス)の使い方が素晴らしい」といった趣旨のことを話したの聞いたのが,きっかけでした。改めて,レコードのクレジットに注目すると,初期の小椋さんの曲は,ほとんど小野崎さんが担当しています。当時(そして今でも)私が大好きなビー・ジーズというグループは大多数が3人兄弟の合作ですが,これも初期のほとんどの編曲は,Bill  Shepherd と記載してありました。それ以後,歌手や作詞家・作曲家だけでなく編曲家にも注意を払うようになりました。

そうした編曲家の中で,以前から,文字にしたいと思っていた人がいます。木田高介さんです。

五輪真弓さんの代表作に「恋人よ」という曲があります。歌詞の「冗談だよと笑ってほしい」という部分が実は,木田さんの死を歌ったものだということを,NHKテレビの午後のトーク番組の中で五輪さん自身が話しているのを見ました。もう10年以上前のことです。このことを誰かに喋りたかったものの,年月が経過し,いつ放送の正式な番組名もわからないままで,「私だけが知っている」状態でした。昨年11月5日の『朝日新聞 be版』で「恋人よ」が取り上げられ,五輪さんにとって「兄のような存在」であった木田さんとのエピソードが紹介され,やっと胸のつかえが取れた思いでした。

1980年5月に31歳で事故死した木田さんの編曲した作品として2曲が紹介されています。貧しい同棲時代の表現にぴったりマッチしたヴァイオリンのソロが哀感を誘うかぐや姫の「神田川」,一転して(昨年11月に亡くなった)りりィさんの「私は泣いています」は,デキシーランドジャズ風の編曲が施されています。

しかしながら、私が木田さんの仕事の中で出色の出来だと思うのは,上条恒彦さんが「六文銭」をバックに歌い,1971年の第2回世界歌謡祭でグランプリを取った「出発の歌-失われた時を求めて-」です。「さぁ~今 未来に ~宇宙に」と歌う長いリフレインのあと終わったかのように思ったあと,ドラムから始まる再度のリフレインが続き,そして華々しく終わるというダイナミックな編曲ですが,途中の木管楽器によるオブリガードも印象に残ります。私の好きな1曲で,是非聴いて欲しい作品です。 もし,事故に遭わなければどのように素晴らしい仕事をしているのだろうと思うと,残念でなりません。次回は,深町純さんについて書きたいと思います。      長友道彦でした。

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