2018年12月

木城町での健康福祉まつり

2018年12月24日

12月15-16日に学生たちを連れて木城町に行ってきました。本学の教員と木城町との連携事業を始めてから3年目となりますが、その総仕上げとして、町の人たちを呼んでの健康福祉まつりを開催することにしたのです。準備とか段取りは我々教員と役場の人たちがやりましたが、お祭りのプログラムは学生たちに考えさせました。今年の学生はなかなか良かった。自主的に役割を決め、準備をし、見る見るうちに形を整えていきます。その中で見えてくるのが、大学では出てこない学生の才能です。(あれ、こいつはいつも授業中はぼーっとしているのに、こういうところではこんなに積極的に動くのか)、(あれ、こいつにこんなリーダーシップを発揮できるんだ、、、)。学生の変貌ぶりに我々教員も驚かされます。やはり大学内だけの教育だけではダメなんだ、できるだけいろいろなところに学生を連れて行かなければならないなと思った次第です。

 

 写真で学生たちの「5レンジャーショウ」を紹介しますが、結構盛り上がりました。子供たちの大人たちも一緒になって声援しました。一回だけの講演ではもったいないような立派なものです。


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それからなんとも懐かしいホークダンスも行われました。学生たちと手を組んで、お年寄りの人たちは大いに若返ったのではないでしょうか。特に写真の町長のうれしそうな顔を見てください。

 

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木城町の保育園の園児たちの太鼓も素晴らしいものでした。太鼓の音は人を元気にしてくれますね。高齢者ばかりの地域に大きな元気を与えてくれました。

 

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この企画には大変な労力とお金、様々な人たちの協力を要しました。我々も疲れてしまいましたが、学生たちには企画することの大変さを学び、やり遂げた後の充実感を得ることができたと思います。

 

大学って色々なことができるんだよということがわかっていただけでしょうか。

ちなみに私はポン菓子機を使ってのポン菓子作りを習得しました。あの「バーーーン」大きな音が出る機械です。これからサイドビジネスができるかもしれません。

 

文責 秋葉

ひなたの介護フェスタ2018

2018年12月19日

こんにちは。臨床福祉学科の清水です。

12月16日(日)、イオン宮崎ショッピングモールで「みやざきひなたの介護フェスタ2018」が開催されました。

介護福祉士養成校PRブースや学生たちとのふれあいコーナー、ステージではお笑いライブやみやざき犬のダンスショー、介護福祉士養成校のPRなどがありました。

九州保健福祉大学からは、ステージで田中美帆さんがPRしてくれました。

その内容を少しだけブログでお伝えしますね。

 

 

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写真は、PR中の田中さんです。司会の方からのインタビューを受け、答える形で本学科のPRを行いました。

 

Q.自己紹介をお願いします。

九州保健福祉大学 社会福祉学部 臨床福祉学科3年の田中美帆です。

よろしくお願いいたします。

 

Q.なぜ福祉の仕事を目指しましたか?

小さいころにテレビで高齢者を助ける番組をみて、こんな風に人を助ける仕事をしたいなと思ったのがきっかけです。近所の高齢者の助けになるため、ごみ拾いなどのボランティアもしてきました。

 

Q.学校の特色は何ですか?

介護福祉士だけではなく社会福祉士も目指せるところで、4年間でじっくり専門的な学習ができます。先生方も介護や福祉の専門家だけでなく、建築士の先生や心理師の先生など様々な専門分野の先生から学べます。

 

以上です。しっかりと学校のPRをしてくれました!

介護の人手不足は社会問題の一つです。このようなイベントで一人でも多くの方が介護や福祉の仕事に興味を持ち、進路選択の一つにしていただければ嬉しいです。

前田憲男氏のこと

2018年12月15日

11月28日の各紙で前田憲男氏の死が報じられました。私が担当するブログの中で,編曲者・アレンジャーを取り上げているシリーズがありますが,その中で紹介したい一人でした。氏の活動については,新聞の記事のとおりで,ジャズ・ピアニストであり,多くの音楽番組を担当し,ヒット曲の編曲も手がけています。

私は彼の音楽活動は,ジャズ・ピアニストであり,歌謡曲を含むポップスの編曲者,そして管弦楽のオーケストラのためのオーケストレーションの3つだと思います。私が氏に尊敬の念を抱くのは,これらの技術や技法を独学でマスターしたという点です。東芝EMIから発売されたアルバム『恋のアランフェス/前田憲男』(TP-60440)の解説によれば,昭和9年⒓月に小学校教師の両親の下に生まれ,両親ともに音楽が好きでピアノやレコードがあるという家庭環境ではあったものの,特にピアノを習ったわけではなかった。その彼が,音楽への道を進むきっかけとなったのが,中学校2年生の音楽教師との出会いだという。「もしもその先生に教わらなかったならば,もっと違うことをやっていたでしょうね」と述べています。その後,大阪の桜塚高校へ進み卒業後音楽の世界に飛び込み,上述のような活躍をされたことになります。

こうして考えれば以前にも記しましたが,人生の中で「出会い」がいかに大切かということに改めて気付かされます。一期一会という言葉もあります。若い人であれば,先輩・後輩,友人,教師,アルバイト先の人たち,音楽や書物,絵画などの出会いを大切にして欲しいものです。

さて,私が前田氏の音楽活動に注目するようになったのは,記憶が曖昧なところもありますが,ある週刊誌に「来日アーティストで,日本公演に際してステージでの音楽担当者に前田氏を指名する人たちが多い」といった趣旨の記事を目にしてからであったような気がします。その後,様々な情報に注意を払うと,色々なところで氏の名前を見ることになり、レコードやCDを購入しました。今手元にあるそれらを眺めてみて,意外にもヒット曲の編曲が少ないことに気づきました。アルバムは1978年から1984年までにLPレコードで14枚,島田佑子さんとボニー・ジャックスのそれぞれのCDを全曲編曲したものがあります。ところがシングル盤(ヒット曲)となると,

『別れの朝/ペドロ&カプリシャス』(1971年) ,『冬のリビエラ/森進一』(1982年),

『熱き心に/小林旭』(1985年) 大瀧詠一の編曲にストリングスを追加。

そして,『Mr.サマータイム』くらいなのです。

そこで,ヒット曲を年代別に収録した『青春歌年鑑』シリーズで調べてもこれくらいでした。個人的に好きなアリスの『さらば青春の時』(1978年?)と『美しき絆─ハンド・イン・ハンド─』(1979年)を加えても6曲です。アルバムの半分以下です。このギャップはどう考えれば良いのでしょうか?

前田氏は全体を俯瞰する音作りを得意としていたのだと思います。上述の来日アーティストたちが彼を指名したのは2時間前後のステージの構成を考えてのことであり,アルバムの数が多いのも1枚12~20曲の曲順や構成等も含めた編曲が出来たから,その方面の仕事が多くなり,結果的にシングル盤などのヒット曲は少なくなったのではないかと考えます。編曲の仕事以外にジャズ・ピアニストとしての活動もあります。

彼の作品で,私のお気に入りは『SPIRIT 南こうせつ作品集 東京交響楽団』(写真1)と『交響組曲 クラッシャージョウ』東京交響楽団(写真2)ですが,CD化されていないようですので,是非CD化して欲しい作品です。

今年の世相を象徴する「今年の漢字」は「災」だとか。来年が「福」の年になることを願いながら...

臨床福祉学科 長友でした。

 

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