前田憲男氏のこと

2018年12月15日

11月28日の各紙で前田憲男氏の死が報じられました。私が担当するブログの中で,編曲者・アレンジャーを取り上げているシリーズがありますが,その中で紹介したい一人でした。氏の活動については,新聞の記事のとおりで,ジャズ・ピアニストであり,多くの音楽番組を担当し,ヒット曲の編曲も手がけています。

私は彼の音楽活動は,ジャズ・ピアニストであり,歌謡曲を含むポップスの編曲者,そして管弦楽のオーケストラのためのオーケストレーションの3つだと思います。私が氏に尊敬の念を抱くのは,これらの技術や技法を独学でマスターしたという点です。東芝EMIから発売されたアルバム『恋のアランフェス/前田憲男』(TP-60440)の解説によれば,昭和9年⒓月に小学校教師の両親の下に生まれ,両親ともに音楽が好きでピアノやレコードがあるという家庭環境ではあったものの,特にピアノを習ったわけではなかった。その彼が,音楽への道を進むきっかけとなったのが,中学校2年生の音楽教師との出会いだという。「もしもその先生に教わらなかったならば,もっと違うことをやっていたでしょうね」と述べています。その後,大阪の桜塚高校へ進み卒業後音楽の世界に飛び込み,上述のような活躍をされたことになります。

こうして考えれば以前にも記しましたが,人生の中で「出会い」がいかに大切かということに改めて気付かされます。一期一会という言葉もあります。若い人であれば,先輩・後輩,友人,教師,アルバイト先の人たち,音楽や書物,絵画などの出会いを大切にして欲しいものです。

さて,私が前田氏の音楽活動に注目するようになったのは,記憶が曖昧なところもありますが,ある週刊誌に「来日アーティストで,日本公演に際してステージでの音楽担当者に前田氏を指名する人たちが多い」といった趣旨の記事を目にしてからであったような気がします。その後,様々な情報に注意を払うと,色々なところで氏の名前を見ることになり、レコードやCDを購入しました。今手元にあるそれらを眺めてみて,意外にもヒット曲の編曲が少ないことに気づきました。アルバムは1978年から1984年までにLPレコードで14枚,島田佑子さんとボニー・ジャックスのそれぞれのCDを全曲編曲したものがあります。ところがシングル盤(ヒット曲)となると,

『別れの朝/ペドロ&カプリシャス』(1971年) ,『冬のリビエラ/森進一』(1982年),

『熱き心に/小林旭』(1985年) 大瀧詠一の編曲にストリングスを追加。

そして,『Mr.サマータイム』くらいなのです。

そこで,ヒット曲を年代別に収録した『青春歌年鑑』シリーズで調べてもこれくらいでした。個人的に好きなアリスの『さらば青春の時』(1978年?)と『美しき絆─ハンド・イン・ハンド─』(1979年)を加えても6曲です。アルバムの半分以下です。このギャップはどう考えれば良いのでしょうか?

前田氏は全体を俯瞰する音作りを得意としていたのだと思います。上述の来日アーティストたちが彼を指名したのは2時間前後のステージの構成を考えてのことであり,アルバムの数が多いのも1枚12~20曲の曲順や構成等も含めた編曲が出来たから,その方面の仕事が多くなり,結果的にシングル盤などのヒット曲は少なくなったのではないかと考えます。編曲の仕事以外にジャズ・ピアニストとしての活動もあります。

彼の作品で,私のお気に入りは『SPIRIT 南こうせつ作品集 東京交響楽団』(写真1)と『交響組曲 クラッシャージョウ』東京交響楽団(写真2)ですが,CD化されていないようですので,是非CD化して欲しい作品です。

今年の世相を象徴する「今年の漢字」は「災」だとか。来年が「福」の年になることを願いながら...

臨床福祉学科 長友でした。

 

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