2019年11月

トンネルを抜けると

2019年11月 8日

今年で32回目を迎える「北九州国際音楽祭」というイベントがあります。その存在を知ったのは,2012年のプログラムがきっかけでした。NHK交響楽団のコンサートマスターの篠崎史紀さんを中心とした特別編成のオーケストラによるベートーヴェンの交響曲第1番・第8番(この2曲は初めての生演奏で聴ききます),そして第7番というオール・ベートーヴェンを聴いたのが最初です。

今回も同じくオール・ベートーヴェンで,第2番(初めての生)・第4番,そして第5番『運命』というプログラムです(プログラム写真)。これでベートーヴェンの交響曲はすべて生で聴くことになるので,10月27日八幡へと向かいました。いつもの通り先頭の車両に乗ると,幸運なことに,そして久しぶりに前方が展望できる車両でした。運転席の後方が空席でしたので,勿論そこに坐りました。そこで気づいたこと(発見したこと)があります。まず,当然かもしれませんが,トンネルには名前が付いているということです。入口(出口)に注目していると,名前が確認できます。その一つに,「子洗」というのがあって,名前の由来が気になりました。


 

篠崎史紀.jpg

 

もう一つは,トンネルもすぐに出口が見えるものから,相当長いものまであります。長いトンネルは入ってしばらくは闇の中を走り,前方に小さな一つの点が見え,それがだんだんと大きくなり前方の風景が確認できて,そして,トンネルは終わります。

川端康成は『雪国』の冒頭で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」と表現しました。私にはトンネルの入口では雪は無いか,あったとしても斑模様であった風景がトンネルを抜けたらまさに一面の雪景色に変じた驚きもあるように感じられます。

私は電車の前方の闇を見つめながら,(青春時代の漠とした不安はこういうトンネル状態なのかも知れないな)と考えていました。動いてはいるけれども目的・目標が見えない苛立ち,動いても動いても終点が見えないもどかしさ。そして,トンネルを抜けて広がる風景は入る前とさして変わらない風景への失望。自分は何のためにあの闇の中でもがいていたのか。

私は今だったら,次のように話すだろうな。「風景は変わらない風景ではなく,入口から動いてきた分だけ自分は変化しているはずだよ。ただ,まだその変化を意識できていないだけだよ,そのうちにきっと気づくよ。」

と,いうようなことを考えながら八幡へ向かったのでした。

 

さて,演奏会は総勢41名,曲によってはそれよりも少ない編成での演奏でしたが,わざわざ足を運んだ甲斐はありました。ステージを注意して見ると,交響曲ごとに弦楽器の演奏者の位置が変わったり,特に『運命』では第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンが左右対称の位置配列になっていたり,篠崎さんの意図が感じられました。以前何かの音楽番組で,オーケストラ演奏中に指揮者に不慮の事態が生じた場合にコンサートマスターがその代わりを果たすということを聞いたことがあります。今回の演奏を聴いて納得できました。ただ,微妙な強弱やテンポの変化などは指揮者がいないと難しいだろうなと感じました。

アンコール演奏はありませんでしたが,開始前のプレ・ステージコンサートで,篠崎さんが編曲したベートーヴェンの『トルコ行進曲』なども演奏され大満足の秋の一日でした。

 

上で,川端康成の『雪国』を引用しました。門川町の門川ふるさと文化財団が「なつかしの名画劇場」という事業を行っています。昨年,今年と鑑賞しました。今年は岩下志麻主演『五辨の椿』,佐久間良子主演『五番町夕霧楼』,山本富士子主演『夜の河』そして岸惠子主演の『雪国』でした。映画の看板女優の総登場ですが,『雪国』に葉子役で出演していた八千草薫さんの可憐さが印象的でした。ご冥福を祈ります。

 臨床福祉学科 長友道彦でした。