読書の冬休み

2020年1月 7日

新年が明け、今週から後期の授業が再開です。といっても2週間後には定期試験が始まるので、あとひと月もすれば春休みです。ただ、4年生は社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士の国家試験を控え、2・3年生の一部の学生は学外実習や実習に向けた体験学習があります。学生諸君は、年度末まで忙しい日々を過ごしています。

 

さて、今年度をもって臨床福祉学科をご退官される先生から、「もうしばらく教育の仕事に携わるでしょうから、参考にしてください」と年末に1冊の本をいただきました。今年の冬休みはその本を読んで過ごしました。

 

 

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加藤秀俊『独学のすすめ』文春文庫

 

1978年(昭和53年)に発行された本ですが、教育・研究に取り組む姿勢を考える上でとても参考になりました。そのなかでもとくに感銘を受けた部分を3つ紹介します。

 

①「「教育」というものの基本的な目的と意味は、ひとりひとりの個人に、人生に対する意欲をつちかうことにある。意欲ある人生を送ることのできる人間――そういう人間をつくることが教育の使命なのである。」(p.41)

 

20年以上、大学で学生の教育に携わってきましたが、最近は教えることばかりを考え、学生の意欲を高める意識が薄らいでいたように思います。「意欲を高める教育」を再認識させてもらいました。

 

 

②「自分のしごと、ということは、とりもなおさず、自分という存在のまわりに境界線をつくることだ。わたしのやることはここまで、ここから先はあなたのしごと――そんなふうに、生活のなかには、しごとの境界線がつくられている。しごとは「個人」と密着した「義務」になる。」(p.118)

 

これは文中の引用の言葉でした。この文章だけでは分かりにくいですが、要は「やるべきことを「仕事」と意識してしまうと、自分の担当部分しか取り組まなくなる」ということです。この意識が強いと、急な用事を頼まれたときに「なぜ、自分がしないといけないのか」という気持ちになってしまいます。「仕事」と境界線を引かず、自分のできることには積極的に関わるという気持ちで臨みたいと思いました。

 

 

③「学問とか知識とかいうものは、じっさいは茫洋(ぼうよう:広々として限りのない)としていて、どこにも境界線なんか、ありはしない。 ―中略― 切りわけられたひときれの羊カンを「学問」だと思いこみ、その「専門」にみずからを閉じこめてしまうのは、学者として、とんでもないカンちがいだ。」(p.184)

 

私は大学で建築学の勉強をしていたので、九保大で教育や研究をしながら「福祉は自分の専門ではない」と思っていた自分が、この一文を読んで恥ずかしくなりました。学ぶことに専門かどうかは重要ではない。学びたいことを学べばよい。最も基本的なことに気づくことができました。

 

20年以上も教育・研究に携わっていて、今頃、このようなことに気づき、とても恥ずかしい思いもありますが、この本に出合えて本当に良かったと思いました。

 

 

もっとたくさんの本を読み、学生たちにも「読んでよかった」と思ってもらえる本を紹介していきたいです。

臨床福祉学科 三宮 基裕

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