教員の活動

怪我の功名? 瓢箪から駒

2019年2月 5日

NHKテレビの『ガッテン』の司会者の立川志の輔さんの新作落語に『はんどたおる』という演目があります。スーパーに買い物に行った妻が,「3千円以上お買い上げの方にハンドタオルプレゼント」に惹かれて,3千円にするために550円分シュークリームを購入した(しかも賞味期限は当日)ことから展開される傑作です。これを聴いて私は大笑いしたのですが,よく考えてみたら自分も同じ事をやっていたという話です。


前回,リック・ウェイクマンのCDについて書きました。その時オンラインショップで3千円以上500円引きというクーポンを持っていたために3千円以上にするために一番安いCD1080円を同時に注文しました(前回のブログでは300円と書きましたが,手元の領収を見ると500円でした)。
1976年5月にデビューしたアップルズという日本の姉妹3人組のCD『THIS IS APPLES』(CDSOL-1621 写真1)です。

 

アップルズ.jpg


これを購入するに至った経緯を考えると,人間の記憶が行動に及ぼす影響の面白さにつながるのではないかと思います。まず,安価でなければならない。リック・ウェイクマンのCDが2400円でしたので,3千円にするためには,安いに越したことはない。そこでオンラインショップで調べていくと,このCDに目が行きました。それは編曲者の中に穂口雄右氏と前田憲男氏の名を見たからです。前田氏については以前書きました。穂口氏はあのキャンディーズへの作品(「年下の男の子」,「春一番」など)提供者として知られていますが,実はそれ以前の彼のオルガン奏者としての演奏に注目したときがあります。所謂GS時代にアウト・キャストというグループから津々美洋とオール・スターズ・ワゴンというバンドに移った作品を聴きました。
このバンドが日本コロムビアから出したアルバム『エレキ・ギター・ヒット速報』第一集(JPS-5145 写真2)の中の「君だけに愛を」と「思い出のカテリーナ」でのオルガンのソロ演奏は才能を感じさせる出来で,それこそワクワクさせる演奏でした。

 

オール・スターズ・ワゴン.jpg

 


特に前者のソロパートは30秒以上にわたるアドリブでした。その後しばらくして,キャンディーズの作品に彼の名前を見つけたときに,「なるほど,才能が花開いたのだ」と納得したのでした。その彼が参加している無名のアップルズというグループに関心を持ったのが2つめの理由です。3つめは収録曲に「ひげのおまわりさん」を見たからです。昨年読売新聞の『時代の証言者』で「サッちゃん」や「いぬのおまわりさん」の作曲者大中恩さんが取り上げられ,昨年末に亡くなられていたので,「ひげのおまわりさん」→「いぬのおまわりさん」と連想して,「いぬの~」の編曲版かと思ってしまったのでした。

 

この3つの理由から購入しただけに,リック・ウェイクマンのCDは3~4回も聴いたのに,こちらは開封もせずにそのままでした。そして,たいして期待もせずに聴いてみると,驚きました。1枚で3回楽しめるCDです。まずは,確かな歌唱力。添付の解説によれば,78年にはグループ名をEVEと改め,スタジオ・ミュージシャンとして活動し,(女性コーラスの入ったCMソングはほぼEVEが歌っている)ほどの実力。2番目は提供された楽曲の出来のよさ。キャンディーズに歌って欲しかったと思わせる曲もあります。ただ,キャンディーズよりも上手いかな。そして,当時を反映したディスコ・サウンド。ボーナス・トラックとしてカラオケ4曲が収められていますが,歌無しで充分に楽しめる演奏です。これで1080円は安く,お買い得でした。結果的に今回の題の『怪我の功名? 瓢箪から駒?』ということになりました。

 

「ひげのおまわりさん」は? 「おまわりさん」→警察官→警部で,「ペッパー警部」の延長線上の作品でした。大中先生,ごめんなさい。

 

改めて考えると,リック・ウェイクマンのCD=2400円の出費で済むところを2980円支払った訳ですので,結果的には余計な出費だったことになります。志の輔師匠の落語を聞いて笑っていた自分が恥ずかしくなる話でした。ただ,1枚で3回楽しめるCDだったことがせめてもの救いです。

 

大学は学生たちの後期試験も終わり,3月19日(火)の学位記授与式(卒業式)に向けて各種表彰者の選考も始まりました。また,中期・後期の大学入試も行われます。まだまだ間に合います。一緒に学びましょう。

臨床福祉学科 長友でした。

「禍福は糾える縄の如し」の新年

2019年1月23日

あけましておめでとうございます。「平成」最後の新年もあけました。本年もよろしくお願いします。私事ですが(私の担当はほとんどが私事なのですが),このお正月はまさに「禍福は糾える縄の如し」でした。

2日は20歳違いの教え子たちとの同窓会で楽しいひとときを過ごし,3日に長女の家族も帰省し,全員そろっての新年会,そして4日には11月から出産のために里帰りしていた次女が初めて長男を出産して,めでたさのピークを迎えました。ところが長女の家族が帰った後,残された者達に咳が出始めました。まさに「カゼとともに去りぬ」でした。実際にはインフルエンザだったようで,予防接種をしていなかった妻が罹患してしまいました。そして出産後わが家に帰ってきた次女と赤ちゃんでしたが,赤ちゃんに発熱・嘔吐症状が出て,12日未明救急救命センターへ運びました。幸いインフルエンザではなかったようですが,生後一週間足らずで採血,レントゲン,点滴を受け,大事を取り2日間の入院でした。恐らく彼が大きくなってから「お前が生まれたときは…」と語り草になるのではないかと思います。しかし物は考えようで,これだけ病院のお世話になればこの後しばらくは病院にかかることもないのではないかと期待しています。また,ことわざの「禍福は糾える縄の如し」も幸福の絶頂にあっても,不慮の対応を怠るなという警告とも受けとめられます。

さて,今年最初に購入したCDについて書きます。クラシック以外の楽曲で私が一番好きな曲は「アメイジング・グレイス」です。この1曲のために購入したレコードやCDはたくさんあります。今回リック・ウェイクマンのピアノ曲を集めたCDにこの曲が収録されているのを知り,購入を予定しました。リック・ウェイクマンと言えば,知る人ぞ知るロックバンド「イエス」のキーボード奏者です。それだけに興味・関心が強かったのです。ちょうどネットのオンラインショップで3千円以上300円引きというクーポンを持っていたために,3千円以上にするために一番安いCDも同時に注文しました。

結果は?リック・ウェイクマンの作品は予想以上の出来でピアノによる「アメイジング・グレイス」の素晴らしさだけでなく,それ以外ではチャイコフスキーの『白鳥の湖』のピアノ・バージョンなど秀逸の作品が多く収録されており,買ってよかったと思わせる出来でした。数合わせで買ったもう一枚は?これについては,次回書くことにします。

1月になり,大学では1月9日(水)に英語村主催の餅つきとぜんざいの振る舞い,19~20日はセンター試験,そして現在後期試験が実施されております。昨日1月22日(火)には2月上旬に行われる社会福祉士・精神保健福祉士の国家試験に向けての壮行会が実施されました。介護福祉士や鍼灸も含む国家試験が間近に迫ってきました。体調を整えて万全の対策を講じて臨み,3月には吉報とともに学位記授与式(卒業式)を迎えて欲しいものです。

本年が皆さまにとって良い1年であることを祈念しながら… 臨床福祉学科 長友でした。

写真はリック・ウェイクマンのCDジャケット『Piano Portraits』

 

Piano+Portraits(1).jpg

 

 

 

前田憲男氏のこと

2018年12月15日

11月28日の各紙で前田憲男氏の死が報じられました。私が担当するブログの中で,編曲者・アレンジャーを取り上げているシリーズがありますが,その中で紹介したい一人でした。氏の活動については,新聞の記事のとおりで,ジャズ・ピアニストであり,多くの音楽番組を担当し,ヒット曲の編曲も手がけています。

私は彼の音楽活動は,ジャズ・ピアニストであり,歌謡曲を含むポップスの編曲者,そして管弦楽のオーケストラのためのオーケストレーションの3つだと思います。私が氏に尊敬の念を抱くのは,これらの技術や技法を独学でマスターしたという点です。東芝EMIから発売されたアルバム『恋のアランフェス/前田憲男』(TP-60440)の解説によれば,昭和9年⒓月に小学校教師の両親の下に生まれ,両親ともに音楽が好きでピアノやレコードがあるという家庭環境ではあったものの,特にピアノを習ったわけではなかった。その彼が,音楽への道を進むきっかけとなったのが,中学校2年生の音楽教師との出会いだという。「もしもその先生に教わらなかったならば,もっと違うことをやっていたでしょうね」と述べています。その後,大阪の桜塚高校へ進み卒業後音楽の世界に飛び込み,上述のような活躍をされたことになります。

こうして考えれば以前にも記しましたが,人生の中で「出会い」がいかに大切かということに改めて気付かされます。一期一会という言葉もあります。若い人であれば,先輩・後輩,友人,教師,アルバイト先の人たち,音楽や書物,絵画などの出会いを大切にして欲しいものです。

さて,私が前田氏の音楽活動に注目するようになったのは,記憶が曖昧なところもありますが,ある週刊誌に「来日アーティストで,日本公演に際してステージでの音楽担当者に前田氏を指名する人たちが多い」といった趣旨の記事を目にしてからであったような気がします。その後,様々な情報に注意を払うと,色々なところで氏の名前を見ることになり、レコードやCDを購入しました。今手元にあるそれらを眺めてみて,意外にもヒット曲の編曲が少ないことに気づきました。アルバムは1978年から1984年までにLPレコードで14枚,島田佑子さんとボニー・ジャックスのそれぞれのCDを全曲編曲したものがあります。ところがシングル盤(ヒット曲)となると,

『別れの朝/ペドロ&カプリシャス』(1971年) ,『冬のリビエラ/森進一』(1982年),

『熱き心に/小林旭』(1985年) 大瀧詠一の編曲にストリングスを追加。

そして,『Mr.サマータイム』くらいなのです。

そこで,ヒット曲を年代別に収録した『青春歌年鑑』シリーズで調べてもこれくらいでした。個人的に好きなアリスの『さらば青春の時』(1978年?)と『美しき絆─ハンド・イン・ハンド─』(1979年)を加えても6曲です。アルバムの半分以下です。このギャップはどう考えれば良いのでしょうか?

前田氏は全体を俯瞰する音作りを得意としていたのだと思います。上述の来日アーティストたちが彼を指名したのは2時間前後のステージの構成を考えてのことであり,アルバムの数が多いのも1枚12~20曲の曲順や構成等も含めた編曲が出来たから,その方面の仕事が多くなり,結果的にシングル盤などのヒット曲は少なくなったのではないかと考えます。編曲の仕事以外にジャズ・ピアニストとしての活動もあります。

彼の作品で,私のお気に入りは『SPIRIT 南こうせつ作品集 東京交響楽団』(写真1)と『交響組曲 クラッシャージョウ』東京交響楽団(写真2)ですが,CD化されていないようですので,是非CD化して欲しい作品です。

今年の世相を象徴する「今年の漢字」は「災」だとか。来年が「福」の年になることを願いながら...

臨床福祉学科 長友でした。

 

SPIRIT.jpg

 

クラッシャージョウ.jpg

 

 

 

東北の被災地を視察して感じたこと

2018年11月22日

※ 震災当時を思い起こさせる写真が含まれています。

 

今年(2018年)の夏、仙台で開催された日本建築学会に行きました。学会が企画した被災地の見学ツアーがあったので参加しました。

被災して住宅を失った住民のために高台に新たに建築された石巻市北上地区の戸建ての復興公営住宅や、津波で町全体が流されたしまった女川町の再建の状況、屋上に避難し多くの小学生らが救われた荒浜小学校などを視察させてもらいました。

 

 <石巻復興公営住宅:北上・にっこり地区>

 一般の住宅団地の一区画に戸建て公営住宅を建設しています。区画内に共用管理の農地や緑道も整備されていました。

IMG_2365(2).jpg

 

<女川駅周辺の復興状況>

新しい街の計画が立てられ復興が進められています。駅前の商店街には、多数の飲食店や雑貨店が並び、休日には多くの観光客でにぎわっているようです。女川の特産品「ホヤ」のパスタを食べました。塩気が利いて美味しかったです。

IMG_2443(2).jpg

 

女川駅も新しくなりました。駅の前には足湯があります。

IMG_2453(2).jpg

 

震災当時、高台の運動公園には多数の仮設住宅が並んでいました。(写真左は残されている仮設住宅) 現在は、復興集合住宅団地が立ち、新しい生活が始まっています。

IMG_2476(2).jpg

 

<仙台市荒浜小学校跡地>

震災発生直後、児童・教職員・近隣住民ら320人が屋上に避難した小学校の跡地です。2階部分まで津波が到達しました。津波の犠牲を再び出さないようにとの願いを込めて、震災遺構として残されています。

IMG_2551(2).jpg

 

一部の教室は震災当時のままの状態で残されています。室内2階にも津波の到達ラインが表示されていました。

IMG_2559(2).jpg

 

4階部分は展示スペースとして利用され、震災直後や避難当時の様子を記録として残しています。震災前の学校周辺は写真右の模型のようにたくさんの住宅が立ち並んでいました。模型は、復興を支援している大学が当時の様子を再現したものです。当初は着色されていませんでしたが、この小学校の生徒たちが1軒ずつ住んでいた方のお名前を書き込み、着色をしたそうです。

IMG_2578(2).jpg

 

今は危険区域として指定され、建物建設が規制されています。写真右奥に見えるのが海岸線です。海岸から700mの位置にある学校にまで津波が到達しました。

IMG_2597(2).jpg

 

震災から7年が経過していても、現地に立つと改めて津波の恐ろしさ痛感し胸が締め付けれれる思いでした。その一方で、あれほどの被害から少しずつ “まち” が息を吹き返している力強さも感じることができました。

今回の視察では、建築物の復興だけでなく、そこに住む住民の生活を支える団体の取り組みについても学びました。その一つが『石巻市北上地区復興応援隊』の活動です。

どんな困難からも立ち上がろうとする住民と、共に地域を支え再建を目指している福祉専門職の姿を、本学の学生に伝えたいです。

臨床福祉学科 三宮

延岡のまちづくり

2018年11月 5日

2016年からの工事がやっと終わり、延岡の玄関が新しくなりました。

 改修前の延岡駅

IMG_6731.JPG

 

工事中の延岡駅

IMG_1753(2).jpg

 

 工事期間中の改札口

IMG_1758.JPG

 

 新しくなった延岡駅 コンクリートの柱と梁が強調されたデザインです。

IMG_2228.JPG

 

 改札口の壁面には木材が使われ、温かみがあります。

IMG_2068.JPG

 

駅の東口もきれいに整備されました。

IMG_2265(2).jpg

 

コーヒーショップや書店も入り、駅に用事のない人も立ち寄るようになりました。

IMG_2245(2).jpg

 

子ども連れの方のためのキッズスペースもとられています。

IMG_2240.JPG

 

夜の雰囲気もなかなかいい感じです。

IMG_2258(2).jpg

 

 現在、延岡駅西口周辺に複合施設の建設が計画されています。この建物ができれば、さらに “街” の賑わいが期待できます。

 ただし、建物や交通環境が整えることだけが “まち” づくりではありません。そこに住む住民が、その “まち” を末永く大切に育ていくことが、本当の『まちづくり』につながると思います。

 延岡市以外から本学科に入学した学生は4年間だけの延岡での生活になるかもしれません。もしかしたら、延岡出身の学生も卒業後は市外に転出するかもしれません。短い期間でも延岡の市民として “まち” を大切に思い、まちづくりに貢献してほしいです。

 臨床福祉学科 三宮

"在宅・福祉施設で働く看護師のための研修会"でお話ししました !!

2018年10月26日

みなさん、朝晩肌寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。

宮崎も秋が深まってきました。今日は秋晴れです。


 先日、延岡・西臼杵地区という本学周辺地区の「在宅・福祉施設で働く看護師のための研修会」で「ストレスに負けない!よりよい支援のために」と題して話しました。研修会の名称には「看護師の」とありますが、介護職の方も対象です。

 

 


2018102601.jpg

 


今、主な介護の現場は施設から地域に移っています。


そして、右の植木鉢のような地域包括ケアシステムの5つの構成要素(住まい・医療・介護・予防・生活支援)が相互に関係しながら、一体的に提供されることを目指しています。


今や医療や福祉の仕事は多職種連携の時代です。

おひとりの方を多職種の専門家がサポートするのです。

社会が複雑になったと言えばそうですが、支援が多岐にわたって可能になったと考えると安心も増します。


 

 

2018102602.jpg

研修会でうれしかったのは、通常の勤務の後にもかかわらず参加者の皆さんに熱心に聞いていただいたことはもちろんですが、代表して謝辞をくださったのが卒業生だったことです。仕事はもちろん、地域の会のスタッフとしても頑張ってくれていることに感激しました。とともに、過ぎた時間にも思いを馳せました。白髪も増えるはずです(笑)。

 



今年の学園祭は、11月3日(土)・4日(日)です。

社会福祉学部卒業生勉強会主催の「九保祭20回特別企画 社会福祉士を知ろう! 卒業生の今」のコーナーもあって、詳しい話が聞けます。病院で、施設で、地域で活躍している卒業生の姿をぜひご覧ください!!


文責:田中陽子 (上の図は2つとも厚生労働省HPから)

学ぶことはおもしろい

2018年9月14日

8月、9月は学生さんたちは夏休みです。ならば大学の先生たちも、その間に夏休みがとれていいなぁと思っている人がいるかもしれません。それは誤解です。逆にこの時期に忙しくなるのが大学教員なのです。オープンキャンパス、通信制の学生や大学院生のスクーリング、実習の巡回もあります。さらに学会や講演会などなど。授業をやっている期間にできないことが集中的に企画されているので、楽などしていられません。

 

その中の、東京での通信制大学院のスクーリングに指導教員として参加してきた時のことを書いてみます。この大学院では夏休みと冬休みの時期に、年2回のスクーリングが行われます。大学院生たちはこの時期に、これまでやってきた研究の成果を発表することになります。多数の先生の前で発表するので、その緊張は大変なもので、ビビりまくっている院生もおりました。

 

通信制なので、いろいろな職業の人がおり、年齢もバラバラです。今年度の1年生の特徴は退職した人や、退職間近な院生が3人もいたことです。高校生の方々は、60歳過ぎになってもまだ勉強するのと、思われるかもしれませんが、実は学ぶことは楽しいことなのです。この世の中はわからないことだらけ。教科書を勉強すれば世の中のことがわかってくるなどと思わないでください。私自身も大学の教員なので、いろいろ勉強をしますが、この年になっても(もちろん60過ぎています)自分の無知さ加減にあきれることが多々あります。と同時に、新たなことを学ぶことによって「あっ、こういうことなのか」、「おおお、すごい」と感動し、新たなことを知ることに楽しみを感じています。知的好奇心が満足させられるんですね。そんな知識を持たなくとも、人生なんとか生活はできるでしょう。でも、知れば知るほど世の中が面白く見えてきます。人生が豊かになります。そして、60歳過ぎの大学院生たちは、きちんと審査を通れば「修士」という学位がもらえます。自己満足が学位になるだけという人もいるかもしれませんが、自分が新たに学んだことを、きちんとした形にしたいという人は結構いるものです。私自身も学位はいくつか持っておりますが、今の自分の専門でないところで、新たな学位を取りたいという気持ちがうずいています。

 

学ぶことの楽しさは、高校ではあまり味わえないかもしれません。そこでは受験やテストのための勉強ですからね。でも、大学に来れば興味あることを好きなだけ学べる時間と環境、そしてその方法を教えてくれる先生がいます。今までわからなかったことを、自分の力で明らかにしていく、そんな学問の楽しさを、大学に来て味わってほしいものです。それにはまってしまうと、余計な出費と家族からの文句が出てくるかもしれませんが、、、。

 

文責 秋葉

 

 

20180914.jpg

 

 

異例のことが多すぎる!?

2018年8月 3日

台風12号は東から西へ,北から南へ移動していくというコースをとりました。今までの常識からは考えられない動きであると言えるでしょう。7月下旬から,滅多にないことを体験し,色々と考えさせられております。

その1 CDなど音楽ソフトの購入は,従来の所謂レコード屋さんよりも,最近はパソコンで注文してコンビニで受け取るという,オンラインショップを利用することがほとんどになりました。そのオンラインショップからメールが届きました。以前購入したCDに収録されていた曲の編集に不備があり,曲の終結近くの2小節が欠落しているので,メーカから良品ディスクを送るので,不良品を返送してくれという内容です。早速指示通りに返送しましたが,ここで一つの疑問が生じました。私の場合はオンラインショップで販売先(購入者)がたどれて連絡がきましたが,一般のCDショップで購入していた場合はどうなるのだろうか。常連さんであれば,「先日購入のCDは不良品で交換できますよ」と店員さんが声をかけてくれる可能性もあるでしょうが,それ以外は不良品のまま聴き続けることになるのでしょうか?

 

 

 

img001(2).jpg

(写真 問題のCDジャケット)

 

 

 

同じようなことが,新聞記事等でもあります。以前県内で,殺人事件の報道があり,被害者・逮捕者の氏名が出ていました。その後数日して,正当防衛が成立したという後日報道が出ました。私は,たまたまその小さな記事を見つけましたが,最初の報道しか見ていない人は,被害者と殺人の加害者という認識が維持されるのだと思うと,恐ろしい気がします。新聞の紙面やテレビ等で訂正してお詫びしますというコメントを出さなくても良いように,慎重かつ正確な報道であってほしいものです。

その2 プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスのファンにとって7月は,「鷹の祭典」の季節です(写真 鷹の祭典では入場者全員にレプリカ・ユニフォームが配布されます)。長女の家族とは西武戦を,次女の家族とは楽天戦を応援に行きました。西武戦は8本の本塁打が出て,まさにお祭りでした。しかし,楽天戦は…。1回の表,楽天の田中選手の先頭打者,しかも初球ホームランを目撃してしまいました。1年に3~4回球場を訪れる人間にこういう機会があるとは,確率的にはどうなのでしょうか?

その3 それにとどまらず追い打ちをかけたハプニングです。試合の途中で,何とファールボールが妻の座席に飛んできて,左手の甲を直撃し,眼鏡のレンズは外れる事態が生じました。係員が飛んできて安否を尋ねましたが,甲が腫れてきているので医務室に行くことになりました。ここからは,まさに滅多に体験できないものでした。エレベーターを利用し,通路ではハリーをはじめ着ぐるみの球団マスコットやハリーズというダンシングメンバーとすれ違いました。医務室には医療関係者が数名待機していましたが,熱中症の人や発熱の子ども,体調不良を訴える母娘などあっという間にいっぱいになり,応接室も使用することになる状況でした。妻は骨折ではなく打撲程度で応急処置を受け,席に戻りました。もう2度と体験できない,そしてしたくない椿事でした。試合は1-7で敗れ,相手投手に完投勝利を献上してしまい,まさに「泣きっ面に蜂」でした。バックスクリーンに掲示してある「鷹の祭典」のロゴが一瞬「魔の祭典」に見えてしまいました。

 

 

 

img003(2).jpg

 

大學は前期の試験が終わろうとしています。7月25日には,教育実習に行った4年生の報告会を行いました。3年生や2年生は現場での実習などに出かけます。また,8月26日(日)はオープンキャンパスも開かれます。

8月以降は落ち着いた世の中であって欲しいと祈りながら

臨床福祉学科 長友道彦

「出会いとは」...沖田ダムの森の中を歩きながら

2018年7月 9日

今回の記録的な豪雨で亡くなられた方々,被害を受けられた皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

 さて,これまで編曲者(アレンジャー)として、深町純氏や木田高介氏を取り上げました。今回はビル・シェパード(Bill  Shepherd)氏です。今手元に、1990年に発売された『ビー・ジーズ ゴールデン・ストーリー』というCD4枚組のセットがあります。

 

 

Image0104.JPG

 

原題の”Tales from Brothers Gibb A History in Songs 1967-1990”からうかがえるように,ビー・ジーズがデビューしてから,1990年までの作品を集めたものですが,収録曲に対してメンバー(3人兄弟)が短いコメントを記しています。その中の「シンキング・シップス(Sinking Sips)」について,双子の兄弟の弟モーリス(Maurice)が次のように書いています。

 

 ビル・シェパード(‘60年代後半から’70年代前半にかけて,僕らのアレンジャーをしていたオーケストラのマスター)が僕に,「完璧に美しく組み立ててみよう」と言ったことがある。そして,彼はその通りやってのけた。
ル,君のことは僕らは決して忘れないよ。

 

 このコメントが彼とビー・ジーズとの関係を端的に示していると思います。初期のビー・ジーズの音楽は華麗なオーケストラの伴奏を抜きにしてはあり得ません。その編曲を担当していたのがビル・シェパード氏でした。1967年の最初のアルバムから1972年までほとんどの曲を彼が編曲しており,1971年には,メンバーとともに来日して,亀渕昭信氏(深夜放送ファンには懐かしい名前です。)によれば,バックのオーケストラを指揮していたということです(氏のコンサート評,『ミュージック・ライフ』)。

 

 個人的に好きな曲は,「マサチューセッツ」のストリングス,「ホリデイ」のホルンの響き,「ラブ・サムバディ」の木管のオブリガードなどです。
また,アルバムとしては『トラファルガー』が最高傑作だと思います。
インターネットで検索すると,ビルは1988年に亡くなっていますので,上のモーリスのコメントは彼の死を受けてのことだと思われます。

 そして彼らが組んだ最後の作品が『To Whom It May Concern』直訳すれば「関係当事者殿」(証明書などの一般的な宛名に使用される)ですが,レコードでは『ラン・トゥ・ミー/ザ・ビージーズの新しい世界』のタイトルで発売されました。(写真はCDジャケット,最初の来日のステージ)。この作品以降,ビー・ジーズは低迷していくのですが,アレンジャーにジミー・ペイトを起用したりして,最終的には,アリフ・マーディンと出会ったことによって,『サタディ・ナイト・フィーバー』の大ヒットになり,蘇ることになります。

 こう考えると,歌手やグループの盛衰というのは1つの出会いが大きな影響を持つのだと思わざるを得ません。人生も同じではないかと思います。その出会いは家族や親戚の存在や何気ない一言であったり,先生や友人のような人の場合もあるし,音楽や美術などの芸術作品,詩歌や小説などの場合もあるだろうと思います。

 私たちが携わっている教育はそうした出会いをたくさん準備することではないかと思います。そして,子どもたち(正確には園児,小学生,中学生・高校生,そして失礼ながら大学生)は取捨選択していけばよいと思います。ちなみに,宮崎県教育委員会は今年も『「私を変えた先生との出会い」エピソード大募集』という事業を行っています。
子どもたちに出会いを提供するためには,親・教師を初めとする周囲の大人が幅広い知識・教養を身につけることが大切だと思います。

 

 7月14(土)~15(日)はオープン・キャンパスが開かれます。多数の来場をお待ちしております。

8月に3つの同窓会を予定している臨床福祉学科 長友道彦でした。

市民大学院

2018年6月11日

我々大学の教員は、さまざまな社会貢献をすることを期待されております。市や県から委託される様々な委員をやったり、我々の持つ専門知識を、一般の人にわかりやすくプレゼンすることが求められたりします。延岡市民大学院もその中の一つです。今年は私にその講師の役割が回ってきました。そのことについて少し記載してみたいと思います。

 

講義室に入って気が付くことは、参加者の熱気です。私の話を本気になって聞いてやろうと思いが伝わってきます。聞きたくなさそうにただ座っている学生が多いことに慣れている私には、この雰囲気がとても新鮮といわなければならないのは、なんとも情けないこと。様々な年齢層の人たちが来てくれてましたが、最高齢の人は87歳とか。多くは退職され、それでも何かを学ぼうとしている人たちとお見受けしました。人の話を聞く真剣度が学生とは全く違います。全部で59人の人が登録されているとのことでしたが、その人たちが班を作り、いろいろな役目を持って運営に当たっており、強い仲間意識も感じました。そして皆さんが、この市民大学院を受講することを楽しみにしているのです。

 

今回の内容は、私が暮らしていた途上国の保健や福祉の状況を紹介しながら、福祉・保健制度の成立過程を見てもらい、日本の現状と比較してもらうというものでした。そして、どうすれば多くの「幸福感」を持てるようになるかについて、最近の知見を紹介するものです。結論はこうです。「幸福感は伴侶や自分の関わる人にやって得られる。よい仲間が一人できると、幸福度が15%上がるというデータがある。もし5人仲間ができたらどうなりまるか? ここにいる皆様はすでに高い幸福感を享受している人たちなのです。」あの雰囲気からも、それは間違いないと思いました。私も来年は定年で退職しますが、このような人たちになりたい、幸福を感じることができるような状況を作りたいものだと思った次第です。

 

文責 秋葉 敏夫

 

 

20180611.jpg

 

 

1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14