教員の活動

学ぶことはおもしろい

2018年9月14日

8月、9月は学生さんたちは夏休みです。ならば大学の先生たちも、その間に夏休みがとれていいなぁと思っている人がいるかもしれません。それは誤解です。逆にこの時期に忙しくなるのが大学教員なのです。オープンキャンパス、通信制の学生や大学院生のスクーリング、実習の巡回もあります。さらに学会や講演会などなど。授業をやっている期間にできないことが集中的に企画されているので、楽などしていられません。

 

その中の、東京での通信制大学院のスクーリングに指導教員として参加してきた時のことを書いてみます。この大学院では夏休みと冬休みの時期に、年2回のスクーリングが行われます。大学院生たちはこの時期に、これまでやってきた研究の成果を発表することになります。多数の先生の前で発表するので、その緊張は大変なもので、ビビりまくっている院生もおりました。

 

通信制なので、いろいろな職業の人がおり、年齢もバラバラです。今年度の1年生の特徴は退職した人や、退職間近な院生が3人もいたことです。高校生の方々は、60歳過ぎになってもまだ勉強するのと、思われるかもしれませんが、実は学ぶことは楽しいことなのです。この世の中はわからないことだらけ。教科書を勉強すれば世の中のことがわかってくるなどと思わないでください。私自身も大学の教員なので、いろいろ勉強をしますが、この年になっても(もちろん60過ぎています)自分の無知さ加減にあきれることが多々あります。と同時に、新たなことを学ぶことによって「あっ、こういうことなのか」、「おおお、すごい」と感動し、新たなことを知ることに楽しみを感じています。知的好奇心が満足させられるんですね。そんな知識を持たなくとも、人生なんとか生活はできるでしょう。でも、知れば知るほど世の中が面白く見えてきます。人生が豊かになります。そして、60歳過ぎの大学院生たちは、きちんと審査を通れば「修士」という学位がもらえます。自己満足が学位になるだけという人もいるかもしれませんが、自分が新たに学んだことを、きちんとした形にしたいという人は結構いるものです。私自身も学位はいくつか持っておりますが、今の自分の専門でないところで、新たな学位を取りたいという気持ちがうずいています。

 

学ぶことの楽しさは、高校ではあまり味わえないかもしれません。そこでは受験やテストのための勉強ですからね。でも、大学に来れば興味あることを好きなだけ学べる時間と環境、そしてその方法を教えてくれる先生がいます。今までわからなかったことを、自分の力で明らかにしていく、そんな学問の楽しさを、大学に来て味わってほしいものです。それにはまってしまうと、余計な出費と家族からの文句が出てくるかもしれませんが、、、。

 

文責 秋葉

 

 

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異例のことが多すぎる!?

2018年8月 3日

台風12号は東から西へ,北から南へ移動していくというコースをとりました。今までの常識からは考えられない動きであると言えるでしょう。7月下旬から,滅多にないことを体験し,色々と考えさせられております。

その1 CDなど音楽ソフトの購入は,従来の所謂レコード屋さんよりも,最近はパソコンで注文してコンビニで受け取るという,オンラインショップを利用することがほとんどになりました。そのオンラインショップからメールが届きました。以前購入したCDに収録されていた曲の編集に不備があり,曲の終結近くの2小節が欠落しているので,メーカから良品ディスクを送るので,不良品を返送してくれという内容です。早速指示通りに返送しましたが,ここで一つの疑問が生じました。私の場合はオンラインショップで販売先(購入者)がたどれて連絡がきましたが,一般のCDショップで購入していた場合はどうなるのだろうか。常連さんであれば,「先日購入のCDは不良品で交換できますよ」と店員さんが声をかけてくれる可能性もあるでしょうが,それ以外は不良品のまま聴き続けることになるのでしょうか?

 

 

 

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(写真 問題のCDジャケット)

 

 

 

同じようなことが,新聞記事等でもあります。以前県内で,殺人事件の報道があり,被害者・逮捕者の氏名が出ていました。その後数日して,正当防衛が成立したという後日報道が出ました。私は,たまたまその小さな記事を見つけましたが,最初の報道しか見ていない人は,被害者と殺人の加害者という認識が維持されるのだと思うと,恐ろしい気がします。新聞の紙面やテレビ等で訂正してお詫びしますというコメントを出さなくても良いように,慎重かつ正確な報道であってほしいものです。

その2 プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスのファンにとって7月は,「鷹の祭典」の季節です(写真 鷹の祭典では入場者全員にレプリカ・ユニフォームが配布されます)。長女の家族とは西武戦を,次女の家族とは楽天戦を応援に行きました。西武戦は8本の本塁打が出て,まさにお祭りでした。しかし,楽天戦は…。1回の表,楽天の田中選手の先頭打者,しかも初球ホームランを目撃してしまいました。1年に3~4回球場を訪れる人間にこういう機会があるとは,確率的にはどうなのでしょうか?

その3 それにとどまらず追い打ちをかけたハプニングです。試合の途中で,何とファールボールが妻の座席に飛んできて,左手の甲を直撃し,眼鏡のレンズは外れる事態が生じました。係員が飛んできて安否を尋ねましたが,甲が腫れてきているので医務室に行くことになりました。ここからは,まさに滅多に体験できないものでした。エレベーターを利用し,通路ではハリーをはじめ着ぐるみの球団マスコットやハリーズというダンシングメンバーとすれ違いました。医務室には医療関係者が数名待機していましたが,熱中症の人や発熱の子ども,体調不良を訴える母娘などあっという間にいっぱいになり,応接室も使用することになる状況でした。妻は骨折ではなく打撲程度で応急処置を受け,席に戻りました。もう2度と体験できない,そしてしたくない椿事でした。試合は1-7で敗れ,相手投手に完投勝利を献上してしまい,まさに「泣きっ面に蜂」でした。バックスクリーンに掲示してある「鷹の祭典」のロゴが一瞬「魔の祭典」に見えてしまいました。

 

 

 

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大學は前期の試験が終わろうとしています。7月25日には,教育実習に行った4年生の報告会を行いました。3年生や2年生は現場での実習などに出かけます。また,8月26日(日)はオープンキャンパスも開かれます。

8月以降は落ち着いた世の中であって欲しいと祈りながら

臨床福祉学科 長友道彦

「出会いとは」...沖田ダムの森の中を歩きながら

2018年7月 9日

今回の記録的な豪雨で亡くなられた方々,被害を受けられた皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

 さて,これまで編曲者(アレンジャー)として、深町純氏や木田高介氏を取り上げました。今回はビル・シェパード(Bill  Shepherd)氏です。今手元に、1990年に発売された『ビー・ジーズ ゴールデン・ストーリー』というCD4枚組のセットがあります。

 

 

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原題の”Tales from Brothers Gibb A History in Songs 1967-1990”からうかがえるように,ビー・ジーズがデビューしてから,1990年までの作品を集めたものですが,収録曲に対してメンバー(3人兄弟)が短いコメントを記しています。その中の「シンキング・シップス(Sinking Sips)」について,双子の兄弟の弟モーリス(Maurice)が次のように書いています。

 

 ビル・シェパード(‘60年代後半から’70年代前半にかけて,僕らのアレンジャーをしていたオーケストラのマスター)が僕に,「完璧に美しく組み立ててみよう」と言ったことがある。そして,彼はその通りやってのけた。
ル,君のことは僕らは決して忘れないよ。

 

 このコメントが彼とビー・ジーズとの関係を端的に示していると思います。初期のビー・ジーズの音楽は華麗なオーケストラの伴奏を抜きにしてはあり得ません。その編曲を担当していたのがビル・シェパード氏でした。1967年の最初のアルバムから1972年までほとんどの曲を彼が編曲しており,1971年には,メンバーとともに来日して,亀渕昭信氏(深夜放送ファンには懐かしい名前です。)によれば,バックのオーケストラを指揮していたということです(氏のコンサート評,『ミュージック・ライフ』)。

 

 個人的に好きな曲は,「マサチューセッツ」のストリングス,「ホリデイ」のホルンの響き,「ラブ・サムバディ」の木管のオブリガードなどです。
また,アルバムとしては『トラファルガー』が最高傑作だと思います。
インターネットで検索すると,ビルは1988年に亡くなっていますので,上のモーリスのコメントは彼の死を受けてのことだと思われます。

 そして彼らが組んだ最後の作品が『To Whom It May Concern』直訳すれば「関係当事者殿」(証明書などの一般的な宛名に使用される)ですが,レコードでは『ラン・トゥ・ミー/ザ・ビージーズの新しい世界』のタイトルで発売されました。(写真はCDジャケット,最初の来日のステージ)。この作品以降,ビー・ジーズは低迷していくのですが,アレンジャーにジミー・ペイトを起用したりして,最終的には,アリフ・マーディンと出会ったことによって,『サタディ・ナイト・フィーバー』の大ヒットになり,蘇ることになります。

 こう考えると,歌手やグループの盛衰というのは1つの出会いが大きな影響を持つのだと思わざるを得ません。人生も同じではないかと思います。その出会いは家族や親戚の存在や何気ない一言であったり,先生や友人のような人の場合もあるし,音楽や美術などの芸術作品,詩歌や小説などの場合もあるだろうと思います。

 私たちが携わっている教育はそうした出会いをたくさん準備することではないかと思います。そして,子どもたち(正確には園児,小学生,中学生・高校生,そして失礼ながら大学生)は取捨選択していけばよいと思います。ちなみに,宮崎県教育委員会は今年も『「私を変えた先生との出会い」エピソード大募集』という事業を行っています。
子どもたちに出会いを提供するためには,親・教師を初めとする周囲の大人が幅広い知識・教養を身につけることが大切だと思います。

 

 7月14(土)~15(日)はオープン・キャンパスが開かれます。多数の来場をお待ちしております。

8月に3つの同窓会を予定している臨床福祉学科 長友道彦でした。

市民大学院

2018年6月11日

我々大学の教員は、さまざまな社会貢献をすることを期待されております。市や県から委託される様々な委員をやったり、我々の持つ専門知識を、一般の人にわかりやすくプレゼンすることが求められたりします。延岡市民大学院もその中の一つです。今年は私にその講師の役割が回ってきました。そのことについて少し記載してみたいと思います。

 

講義室に入って気が付くことは、参加者の熱気です。私の話を本気になって聞いてやろうと思いが伝わってきます。聞きたくなさそうにただ座っている学生が多いことに慣れている私には、この雰囲気がとても新鮮といわなければならないのは、なんとも情けないこと。様々な年齢層の人たちが来てくれてましたが、最高齢の人は87歳とか。多くは退職され、それでも何かを学ぼうとしている人たちとお見受けしました。人の話を聞く真剣度が学生とは全く違います。全部で59人の人が登録されているとのことでしたが、その人たちが班を作り、いろいろな役目を持って運営に当たっており、強い仲間意識も感じました。そして皆さんが、この市民大学院を受講することを楽しみにしているのです。

 

今回の内容は、私が暮らしていた途上国の保健や福祉の状況を紹介しながら、福祉・保健制度の成立過程を見てもらい、日本の現状と比較してもらうというものでした。そして、どうすれば多くの「幸福感」を持てるようになるかについて、最近の知見を紹介するものです。結論はこうです。「幸福感は伴侶や自分の関わる人にやって得られる。よい仲間が一人できると、幸福度が15%上がるというデータがある。もし5人仲間ができたらどうなりまるか? ここにいる皆様はすでに高い幸福感を享受している人たちなのです。」あの雰囲気からも、それは間違いないと思いました。私も来年は定年で退職しますが、このような人たちになりたい、幸福を感じることができるような状況を作りたいものだと思った次第です。

 

文責 秋葉 敏夫

 

 

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胡蝶蘭の開花から学んだこと

2018年5月 7日

こんにちは!

 

臨床福祉専攻の貫です。

毎年のことですが卒業式が終わると、心にポッカリ穴が開いたようで寂しい気持ちで日々過ごしていました。

しかしそれも束の間、4月6日に入学式があり今年も元気な1年生が入学してきました。

また在学生の授業が始まり学内は活気づいて、いつもの日常に返った感じです。

毎日触れ合う学生の元気な声や笑顔に癒され「よっしゃー!」と自分自身に喝を入れています。

 

もう一つ、私自身が癒されているものがあります。

それは二年ぶりに開花した胡蝶蘭です。

一度、花が咲き終えた鉢植えをいただき研究室に置いて育ててきました。

多分、花を咲かすことは無理かな?と思いながら苔の湿り具合を指で感じながら根腐れしないように大切に育ててきました。

 

「花を付けるのは無理かな」と諦めかけていた今年の冬、新芽が伸びその先に小さな蕾をつけました。今では5つの花が咲き、2つの蕾が少しずつ大きくなっています。とても綺麗で毎日、眺めては癒されています。

 

胡蝶蘭の成長過程を通して、学んだことがあります。

それは、小さな花でも大きな花でも時間をかけて咲くまで待つ、諦めないということ。

また色々な形の花、大きさの違う花が咲いてもそれは個性としてとらえること。

毎日、気にかけ声をかけたり、時には見守ったり、折れそうになったら添え木になること。

 

そんな思いで毎日、学生と関わっていこうと思います。

 

 

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コンサートのすすめ

2018年4月11日

小・中学校や高校と大学の違いの一つに,儀式の数があります。小中高では,1学期は新任式とそれに続く始業式に始まり,入学式で新入生を在校生が迎えます。その後各学期の始業・終業式もあります。また,高校総体など大きなスポーツ大会の前には選手推戴式,そして優勝や入賞があれば賞状納め式などもあります。

2月から3月にかけては,学校における最大の行事と言ってよい卒業式があります。その前に,その学年の3年間の生徒の活動に対して,皆勤賞や各種団体からの生徒表彰を行う表彰式,同窓会入会式があって卒業式本番を迎えます。そして終業式(終了式)がありますが,3月末には教職員の異動に伴い,離任式で1年が終わります。

大学では周年行事が行われる場合もありますが,入学式(本学では入学宣誓式)と卒業式(学位記授与式)の2つが基本です。3月19日に4年生が卒業しましたが,4月6日に入学式(入学宣誓式)が挙行され新入生を迎え,2018年度も始まりました。教員一同,気持ちも新たに指導していきます。

 

さて,前回に続きコンサートの感想です。昨年⒓月とこの2月はささやかな贅沢をしました。それは,ベートーヴェンの同じ交響曲を月に2回聴くというものです。

12月は恒例の交響曲第九番『合唱』を延岡(16日)と福岡(24日)で聴きました。オーケストラは両日とも九州交響楽団で,延岡は「のべおか『第九』を歌う会」の主催,大分県立芸術文化短期大学の森口真司氏の指揮,地元及び宮崎県に縁のあるソリストたちと地元を中心とした合唱団による演奏でした。団員の高齢化や団員数の減少への対応がなされ,小学生も参加しての合唱でした。小学生を交えての合唱はそれなりに聴き応えのある演奏でした。アンコールは,『きよしこの夜』で,1年の終わりを実感しながらの演奏会でした。

それに対して,福岡は「九響 第11回 名曲 午後のオーケストラ」と銘打った演奏会で,指揮は音楽監督の小泉和裕氏,ソリストは声楽家や指導者として活躍している4人,合唱は九響合唱団を中心に九大男声合唱団や混声合唱団の人たちから構成されていました。鍛えられた合唱とオーケストラとソリストの演奏で,わざわざ福岡まで足を伸ばした甲斐のある演奏会でした。こちらは正真正銘の『第九』だけの演奏で,アンコールもなく純粋に『第九』の余韻に浸ることができました。

延岡の『きよしこの夜』は不要かというと,フル・オーケストラと一緒に『きよしこの夜』を歌って,「今年も色々あったけど,来年も頑張るぞ」という気持ちで家路につくのも良いのではないかと思います。

2月はベートーヴェンの『第7番』です。この曲は『のだめカンタービレ』で使用されて一躍有名になりました。2月12日,雪の福岡での演奏会を聴くきっかけは新聞記事でした。「フィルハーモニア福岡」というアマチュアのオーケストラによる『4番』と『7番』を延原武春氏が指揮するという内容でした。延原氏は独自の解釈による指揮者であり,私も『第九』をCDで聴きましたが,全曲を63分足らずで演奏する超スピードで驚きました(CD写真)。CDが登場したときの収録時間が74分となったのは,『第九』を1枚に収めるためであったと聞いたことがあります。そう考えると63分は短い。その指揮者がどのように『4番』と『7番』を振るのかが興味深くてチケットを購入しました。(何と,千円で交通費はその10倍です!)

 

 

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この演奏会の特徴は,指揮者による解説が演奏の前にあったこと,第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリンそれぞれ8人がステージの左右に,ヴィオラ6人は指揮者の右手に,チェロ6人とコントラバス4人は左手に配置されていること,そして管楽器はすべて2人ずつの編成でした。アマチュアと言え,力のこもった演奏で充分に楽しめるものでした。特に,『4番』では「あっ,こんな表現もあるのだ」と驚いた部分もありました。

『7番』は上述の楽器配置が活かされて,第4楽章の弦楽器の動きを鮮明に聴くことができました。次回は,同じ指揮者によるシューベルトの『未完成』と『グレート』ということです。『グレート』は生では聴いたことがないので,都合がつけば是非足を運びたいと思う演奏でした。

そして,最後は井上道義指揮日本フィルの九州公演最終日です(日フィル写真)。楽団員が入場してコンサートマスターを見て,あれっ?と思ったのは見たことのある顔だったからです。自宅に帰って確認したら,元九州交響楽団のコンサートマスターを務めていた人でした。オーケストラにも異動があるのだということを実感した次第です。また,コントラバスの一人が春の選抜甲子園大会に出場した富島高校の濱田監督に似た人であったり,ピアノのソリストの反田恭平さんがアンコール(モーツァルトのトルコ行進曲)を非常に速いペースで弾いたのが印象的でした。

こちらの楽器の配列は第1・第2ヴァイオリン14人ずつが左右対称の位置,ヴィオラ(7?8)が第1ヴァイオリンの右側,チェロは第2ヴァイオリンの左側,コントラバス(7)はステージの右奥に位置するもので,福岡の倍近い編成で,圧倒的な迫力でした。

私はクラシックのコンサートに行った時は,まず楽器配列に注目します。また,小型のオペラグラスを持参します。演奏者の表情を見たり,楽譜台を見ると,アンコール曲の楽譜が準備してあったり,楽しいものです。

 

 

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ところで,福岡の演奏会では,第1ヴァイオリンの末席にヴァイオリンだけが置いてありました。最初は後から参加するのかと思っていましたが,最後までそのままでした。この演奏会での演奏を前に怪我か病気で入院,あるいはその舞台を果たせないままの人のための席だったのかなと思っています。

以上 臨床福祉学科 長友道彦 でした。

無駄のすすめ

2018年2月23日

ブログの原稿を書きながら,「長友のブログは臨床福祉学科とどう関係するのか?」という疑問が生じているのではないかと危惧していますので,少々説明を…。

私は,本学で教員免許取得に関する授業を担当しております。教育に即効性を求める見解もありますが,私は,教育は時間のかかる仕事であり,教師は一見無駄と思えることにでも視野を広げておくべきだと思います。

私が過去に担任した生徒で不登校の傾向にある男子がいました。彼はトランペットが好きで,上手だったらしいのです。欠席している彼のもとへ家庭訪問して,出席状態のことや成績のことは抜きにして,まずは音楽の話をしました。それ以後,彼の状態が飛躍的に改善すれば,「スーパーティーチャーNAGATOMO」なのでしょうが,そうはならなかったものの,少しずつ改善して進級・卒業して行きました。後日談になりますが,姪の結婚式で,式場の応援スタッフとして賛美歌を吹いてくれている彼の姿があり,元気で頑張っているのだと喜んだ次第です。もし,私が音楽に興味がなく,彼との接点がなかったら…と思うと,ひょっとしたら彼の人生は変わっていたかも知れません。

また,私はクラスをオーケストラに擬えて考えることもありましたし,今もそうです。オーケストラの楽器の中で,演奏で(耳で)目立つのは第1ヴァイオリンです。弦楽器で目立つのはステージ後方で構えているコントラバスですし,その前に坐っている大きな楽器のチェロも分かりやすい。ヴィオラは?ヴァイオリンを一回り大きくしたもので,一見しただけでは判別しにくい。しかも音は縁の下的な役割が多いが,不可欠の存在である。管楽器では,フルートやトランペットは目立つ。オーボエ,クラリネットは?ファゴットは?ホルンは?パーカッションは?

色々な楽器がそれぞれの役割を果たしてオーケストラは成り立っている。学級(生徒)も同じだと思うのです。たまに耳にする話として,合唱コンクールがあります。優勝を目指すが故に,「自分は音痴だったから,口パクを命じられた」という人がいます。言語道断のことです。私だったら,その人には「普通に歌って良いよ」,他の級友には「~~さんに負けない大きな声で歌おうよ」と話すか,そう言ってくれる生徒が出てくるように根回しするだろうなと思います。クラスの生徒はそれぞれがかけがえのない存在だと思います。こうしたことからも,音楽(オーケストラ)は,私の教師としての生き方の原点の一つです。

また,教師という仕事は自分の専門とする分野に関する知識を深めていくことは勿論ですが,生徒たちに興味や関心を持って欲しい事柄に対するアンテナを広げておくことも大切なことだと思います。自分が読んだ本や映画・テレビドラマ,音楽,ニュース,新聞記事,さらには出逢った人などを紹介することは若い生徒たちにとっては必要なことです。生徒たちも取捨選択して,聞き流す生徒もいる反面,それをきっかけに変化が生じる生徒も出てくると思います。

このように考えると,色々な情報に対してアンテナを広げておくことは,人と接する仕事にはすべてに共通するのではないでしょうか。臨床福祉学科で取得できる資格には社会福祉士,介護福祉士,精神保健福祉士そして高校「福祉」免許などがありますが,これらはすべて生身の人を相手とする仕事ですから,専門的知識は言うまでもなく,一見無関係に思える様々な情報や知識を持っておくことも大切なことだと思います。

ということで,次回は⒓月・1月のコンサートの感想を書きます。

臨床福祉学科 長友道彦 でした。

沖田ダムから交響詩曲「伊東マンショ」を想う

2018年1月 9日

あけましておめでとうございます。今年の年賀状で嬉しかったことは,音信が途絶えていた教え子から結婚・出産して母親になったという内容でした。高校2年の時に受け持った生徒でしたが,残念ながら不登校状態になり,通信制高校へ転学した生徒でした。色々苦労した分,幸せになって欲しいと思っています。

さて,レコードやCDを買う時にちょっとした興味・関心から買ったのに,思いのほか気に入って,お買い得感を覚えたことがあります。通常のコンサートの場合は,前もって演奏される曲をCDで聴くことができるので,さほどの当たり外れはありません。ただ,新作の初演だと全くの白紙の状態で聴くことになります。一昨昨年(2015年)の⒓月,宮崎県中央部の川南町において開催されている『モーツァルト音楽祭』で,『合唱・オーケストラ・ソプラノ独唱のための 交響詩曲「伊東マンショ~時を超える祈り~」』を聴きました。宮崎を代表する歌人であり,若山牧水の研究者そして俳優の堺雅人氏の恩師としても知られる伊藤一彦氏が伊東マンショを題材に作った短歌に,平成音楽大学学長の出田敬三氏が作曲しての初演でした。伊藤氏とは同じ高校で勤務したこともあり,教科も同じ社会科でしたし,さらに宮崎県ゆかりの人物で教科書に登場している数少ない1人である伊東マンショを詠んでいるということ,さらに音楽祭の実行委員会の会長を学校評議員にお願いしたこともあって聴きに行ったのでした。

結果は?考えていた以上に素晴らしい出来映えで,興奮を覚えながら延岡に帰ったのを覚えています。作曲者の出田敬三氏の名はメロディ・メーカーとして私の頭にインプットされました。すると,その後のテレビで甲子園の高校野球を見ていたら,熊本代表として出場している秀岳館高校の校歌もきれいな旋律で出田氏の作曲でした。

勿論,一昨年の音楽祭にも聴きに行き,感動を新たにしたところでした。昨年(2017年)は,伊東マンショゆかりの西都市でも演奏されることは情報を入手していましたが,確実な日程を確認しないまま,判明したのは演奏会が終わってからのことでした。そうした中,11月下旬の朝日新聞に「苦難の旅路描く交響詩曲が完成」の見出しで,熊本での国内初演奏が紹介されていました。川南での2回の演奏に序曲が加えられ,所謂完全版の初演になるわけで,「聴かない訳にはいかない」と思い,チケットを予約しました。午前7時30分の特急バスに乗り,熊本へ向かいました。寒波の影響で五ヶ瀬から高森あたりにはうっすらと雪が見られ,阿蘇の山並みは雪化粧でした。また,西原村あたりでは仮設住宅を目の当たりにして地震の影響の大きさを実感しました。

さて,コンサートです。私は『合唱・オーケストラ・ソプラノ独唱のための 交響詩曲「伊東マンショ~時を超える祈り~」』を聴きたくて会場に行ったのですが,会場で初めてその他のプログラムを知りました(写真 プログラム)。

 

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学園創立45周年記念 熊本地震復興コンサートとして,『2017 華麗なる音楽の祭典』と銘打った演奏会でした。2部構成の内容は,Ⅰ部が協奏曲(指揮していたのは都城泉ヶ丘高校での教え子),Ⅱ部が独唱・合唱・オーケストラで,『交響詩曲』はⅡ部の冒頭でした。川南との違いは,序曲が加わっていること,何よりも合唱の数です。250名近い大合唱団です。まさに圧倒された演奏でした。この交響詩曲は名曲の名に恥じないものだと思います。昭和以降に作曲された曲で3回以上生の演奏を聴いているものに映画『砂の器』の「宿命」がありますが,それに匹敵する作品です。

交響詩曲が終わり,席を立つことも考えましたが,『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」は生で聴いたことがなかったし,長崎・佐世保公演記念曲「長崎は今日も雨だった」はどういう編曲(オーケストレーション)なのかが気になり,聴き続けました。「ある晴れた日に」はさておき,「長崎は今日も~」が始まった時こそ,(場違いでしょう)と言いたげなかすかな苦笑が聞こえましたが,曲が進むにつれて大合唱団とオーケストラの演奏に引き込まれていき,終わったら大きな拍手でした。私は,ひょっとしたら翌日の佐世保には前川清さんがサプライズ・ゲストとして登場するのはないかと想像しましたが,どうだったのでしょうか?

そして最後は,「我がこころのふるさと“熊本”を讃えて」として,『おもいで宝箱』が演奏されましたが,これは熊本の人たちにとっては馴染みのある曲らしくて,私の隣の人を含め会場の人たちも歌っていました。これだけでも充分に楽しめた演奏会でしたが,さらにアンコールが続きます。1曲目は,時節柄「もろびとこぞりて」。出田氏の編曲は曲の終わりに,一瞬クリスマス曲のメドレーかなと思わせる「ジングルベル」と「きよしこの夜」の旋律が顔を見せる洒落たものでした。2曲目は童謡の「ゆき」。そして,本当のフィナーレは,ウィーン・フィルの『ニュー・イヤー・コンサート』の定番の「ラデッキー行進曲」で,会場のみんなが(私も)手拍手をして盛り上がって終わりました。

コンサートが終わったときに,私の横に坐っていた3人家族の高校生らしき男の子が「明日も佐世保に行こう」とその親に話しかけましたが,私も同感でした。ただ,その準備をしていなかったので,追っかけはしませんでしたが,その価値は十分にある演奏会でした。音楽(クラシック)が好きで良かったなぁと感動を覚えた演奏会が何回かありますが,今回の演奏会もそれに加わることになりました。

 

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(おまけ)ちょっと嬉しかったこと。

1 熊本へのバスの中で,お祖母ちゃんに連れられた幼稚園児の女の子のおしゃべりが続き,お祖母ちゃんが何回か「静かに」とたしなめていました。熊本市内で降りるときに,お祖母ちゃんが誰に言うともなしに「(孫がうるさくて)すみませんでした」と言いながら降りて行きました。(イエイエ,どういたしまして。子どもはあんなものですよと思ったところでした。

2 コンサート主催の平成音楽大学にチケットを予約して当日受け取った際に,印刷ではあるけれども,写真のようなコメントがあったこと(写真  封筒)。

 

 


  

 

以上,臨床福祉学科の長友道彦でした。

沖田ダムの森の中から~遠ざかる風景と交響曲『日本の城』~

2017年10月 2日

ほぼ毎日沖田ダムを歩いていると,季節の変化を見逃すこともあります。早春から初夏にかけては若葉が萌え始め,ウグイスを始めとした鳥たちのさえずりが耳目を楽しませてくれます。夏至を過ぎ,立秋を迎えた最近はセミの大合唱で,可愛らしい鳥の鳴き声やあのカラスの声さえもかき消されてしまいそうです。

さて,6月下旬のことですが,福岡にベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴きに行きました。「悲愴」・「月光」・「テンペスト」・「ワルトシュタイン」そして「熱情」の5曲を横山幸雄さんの演奏で堪能しました。その夜は娘夫婦の所に一泊し孫の顔を見ての帰り,北九州市の黒崎駅でJR特急を利用した時のことです。乗り物の座席は,後部よりも前方,通路側よりも窓側を好む人間として,自由席の先頭車両に乗車して思わずラッキーと思いました。客席と運転席の仕切りが透明なプラスチック製の壁だったのです。しかも運転席の後ろの席はすべて空席でしたので,当然進行方向に向かって右側の席に座りました。左側は運転士の後ろです。流れゆく風景を飽きることなく眺め,珍しい建物や看板があると振り向いたりしておりました。

ところが乗車後10分ほどしたら,衝撃的な放送が聞こえてきました。「次の小倉駅から進行方向が逆になりますので,お手数ですが座席を回転させてください…」。失望感を覚えながら,座席を回転させようとしましたが,ふと「最後尾で眺める景色はどうなんだろう?」という好奇心が湧きました。幸い車両はガラガラの状態でしたので,遠慮・気兼ねすることなく後ろ向きのまま坐っておりました。電車が動き始め,徐々に加速してゆきます。びっくりしました。前方に坐って眺める風景は,視野の左右の後方に流れてゆきます。後方で眺める風景は,前方に集中してゆくのですね,当然といえば当然なのですが,これが実に新鮮でした。そして,もっと驚き感動したのはトンネルに入ったときです。目の前の風景が段々小さくなって点になり,その点も最後には漆黒の闇に吸い込まれてゆきます。これは,あたかも自分が過去に吸い込まれていくような感覚のように思えました。

これは珍しい体験であって,次回も最後尾の風景を選ぶかというと,5年に1回ぐらいか,たまには乗ってみようかという程度で,次の電車も先頭車両に乗り込むだろうと思います。

 

亡くなった人の名前と年齢,斎場の名称と告別式の時刻そして喪主の名前を記した新聞の葬儀の案内欄に目が行くようになったのは,50代半ば頃からでしょうか。

7月に亡くなった音楽家と言えば,平尾昌晃さんの名前が挙がります。新聞だけでなく,テレビでも大きく取り上げられました。病気という不遇な時があったとは言え,その業績は素晴らしいものがあり,彼によって世に出た人は少なくないような気がします。

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同じ7月に亡くなった音楽家に小川寛興さんがいます。ほとんどの新聞に追悼記事が掲載されています。作曲家,編曲家。「月光仮面」の主題歌,倍賞千恵子さんが歌った「さよならはダンスの後に」の作曲家として紹介されています。読売新聞の『編集手帳』では,NHKの連続テレビ小説『おはなはん』の音楽や中村晃子さんが歌った「虹色の湖」も取り上げています。私が小川寛興さんの名を畏敬のの念を持って意識したのは,高校生の頃です。当時のレコード店では,レコードを買うと『レコードマンスリー』という小冊子をサービスしてくれていました。文字通り,その月に発売されるシングル盤からLPレコードを紹介した冊子です。その中に,小川寛興さんの交響曲『日本の城』の記載があったのです(写真)。

流行歌の作曲家と交響曲。関心を持ったものの購入して聴くだけの経済的な余裕はなく,聴くことはなかったのですが,小川寛興さんの名前は心の中に残り続けておりました。その作品を耳にすることができたのは,CDの登場に伴って,1998年年に「キング秘蔵名盤シリーズ」としてCD化されて再発売されたのがきっかけです。

第1楽章 築城  第2楽章 天守の城  第3楽章 戦いの城  第4楽章 炎の城 第5楽章 不滅の城  という構成で,外山雄三さんの指揮 管弦楽は日本フィルハーモニー交響楽団,合唱をキング混声合唱団 そして和楽合奏として龍笛,雅楽琵琶,薩摩琵琶,尺八,箏,十七弦,小鼓,大鼓,ホラ貝そして胡弓が使用されています。CDの帯には,「海外でも圧倒的評価を獲得した名盤の復刻!!  明治百年記念芸術祭参加」と記されています。亡くなったのをきっかけに久しぶりに聞き直しましたが,作曲されたのが40歳代前半という油の乗り切った時期で,若々しさと意気込みが感じられる作品で,個人的には第3楽章が好みです。追悼記事の中に,交響曲『日本の城』に触れたものがないことを惜しみつつ,小川さん自身が作品をどのように思っていたのか興味を覚えながら,今回は終わります。

臨床福祉学科 長友でした。

Work hard, play hard

2017年9月27日

臨床福祉学科の日田です。今回は九州保健福祉大学がある、延岡市を含めた県北地域の海についてご紹介します。

 宮崎県は北は延岡、南は日南、串間など太平洋に面している地域が多く、夏になると県内外から多くの観光客で賑わいます。そのためマリンスポーツも盛んで、特にサーフィンは有名です。日本でも有数の良質な波が立つポイントが多いこともあって、全国のサーファーが波を求めて宮崎を訪れます。

 延岡のすぐ南、日向市の有名なポイントでは、夏になると駐車場にテントを張ってキャンプしながら波乗りを楽しむ姿も見られます。今年は世界ジュニアサーフィン選手権が開催されるため(9/23〜10/1)、より一層の賑わいを見せています。 

大会会場の日向市小倉ヶ浜

 

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大会の様子

 

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日向市のポイントで朝焼けの中波を待つサーファー

 

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朝日が昇る延岡市のポイント

 

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かくいう私も一年中サーフィンに勤しんでいます(もちろん仕事の合間を縫って)。

 そして今回是非紹介したいのが延岡です。延岡は県内で最も北に位置する地域の一つであるため、それほどサーフィンのイメージがないのですが、ポイントはたくさんあります。そのため混雑とは無縁で波乗りができるというメリットがあります。

 私の恩師が「よく学び、よく遊べ」と繰り返し説いていました。延岡は海を始め大自然に恵まれ、都会では体験できない「遊び」ができる環境がたくさんあります。この豊かな自然は「よく学び、よく遊べ」の実践には最適だと感じています(遊びが優先になると注意)。

 臨床福祉学科 日田 剛

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