教員の活動

坂本冬美さんのこと

2019年6月24日

これまで何人かの編曲者について書いてきました。編曲の仕事は,元となる曲があって,歌い手をいかに引き立てるかが力量の見せ所とも言えると思います。オリジナルや持ち歌は自分の歌ですから問題はないでしょうが,他人の歌だと難しいことになりそうです。ジャンル分けすれば演歌歌手になるかもしれませんが,坂本冬美さんが『Love Songs』というCDのシリーズを発表しています。いわゆる他人の歌をカバーした作品集です。大ヒット曲からマイナーな作品,歌謡曲からフォークなど多彩な選曲です。坂本冬美さんという歌手については,大晦日の『紅白歌合戦』で歌う曲を聞いて,上手い歌手だなぁという程度の認識しかありませんでした。数年前のある日,レンタルCD屋さんでCDを眺めていたら,ヒット曲を網羅している『Love Songs』が目につきました。手に取ってみると,担当している編曲者が若草恵・萩田光雄・船山基紀という3人の名手だったので,借りて聴いてみました。結果は,期待を裏切らない出来でしたので,他のCDも借りて聴き,最終的には購入してしまいました。

さて,その中で編曲を味わうという観点からお薦めしたいのが,ちあきなおみさんが歌った「喝采」(写真左)とBOROさんの「大阪で生まれた女」(写真右)です。

 

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「喝采」はちあきさんの歌唱で人口に膾炙した作品だけに編曲も難しかったろうと思いますが,若草恵さんのアレンジはゴスペル風の合唱を配して,ちあき盤とは違う新たな生命がこの曲に宿ったように思います。まったく表舞台から姿を消してしまったちあきさんの「喝采」も素晴らしいですが,坂本さんの作品もお気に入りです。

萩田光雄さんが編曲した「大阪~」は一聴して,啞然,愕然,呆然。「え~,こんな編曲あり!?」と思いました。クラシック(バロック)の旋律が流れ出したのです。まるで,BOROさんはこの曲を下敷きにして作品を書いたのではないかと思うくらい,ピッタリとはまった,違和感のないできでした。バロックの作品名は末尾に記します。

ちなみに,3人の編曲者の作品で私が好きな曲を挙げるとすれば,若草恵さんは研ナオコさんが中島みゆきさんの作品を歌った「かもめはかもめ」,船山基紀さんは五輪真弓さんの「時の流れに~鳥になれ~」です。萩田光雄さんはヒット曲がありすぎて絞りきれませんが,久保田早紀さんの「異邦人」は印象に残っています。

 

さて,教員免許取得希望の学生たちは5月から中学校や高校で教育実習に行っていますが,まもなく多くの実習が終わり大学に戻って来ています。7月31日には実習報告会を予定しております。実習を通して,一回り成長した姿を見せてくれるのではないかと期待しております。

臨床福祉学科 長友でした。

バロック作品名 「パッフェルベルのカノン」

先達はあらまほしき事なり

2019年5月20日

クラシックのコンサートに行く場合,演奏曲目や指揮者・演奏者,そしてオーケストラなどの演奏団体など,決定要素は人様々であろうと思います。私の場合は,まず演奏曲目で決める場合が圧倒的です。次いで,日程や料金,会場所在地などを考慮します。ベートーヴェン崇拝者の私としては,当然彼の作品が中心となります。交響曲だとまず食指が動きます。ピアノ曲ややヴァイオリン・ソナタ,室内楽などは料金,会場で左右されます。

ベートーヴェン以外の作品の場合,演奏曲目で選びます。今回で24回を迎える『宮崎国際音楽祭』の演奏会に5月12日に行きました。


 

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音楽好きの私でも,この音楽祭に足を運ぶ機会は少なく,今回で3回目です。その理由は,プログラムの内容であったり,聴きたいと思うコンサートのチケットが手に入らなかったり,日程の問題などです。今回はモーツァルトの「ヴァイオリン,ヴィオラとオーケストラのための協奏交響曲」の第2楽章を聴くためにチケットを購入しました。もう1曲はマーラーの交響曲第4番です。プログラムを見た時,渋い選曲でヴァイオリンが若手の三浦文彰さん,ヴィオラと指揮がピンカス・ズーカーマンとは言え,早々と売り切れになることはないだろうと予想しましたが,実際私の周囲も空席が目立ちました。

ややマイナーな曲目のモーツァルトをなぜ聴きたかったのかというと,大部以前になりますが,NHKの朝のラジオ番組の中にヴァイオリニストの千住真理子さんのコーナーがあり,その中で紹介されたのがこの曲の第2楽章でした。憂いを帯びた美しい旋律が印象的で,すぐに注文・購入しました。


 

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その後折に触れ聴いていたのですが,ある時,モーツァルトの他の曲を聴きたくなって所有のCDを探したら,何とその中に上記の曲が収録されていました。


 

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つまり,千住さんの紹介以前に私はその旋律を耳にしていたことを知り,愕然としました。その時私の頭に去来した古典が兼好法師の『徒然草』第五十二段の「先達(せんだつ)はあらまほしき事なり」でした。最初は聞き流していた旋律が,千住さんの解説で光り輝くものとして印象に残ったのです。そう考えると,私たち教員の仕事は学生(生徒)たちにとって,先達として注意を喚起し,ポイントを指摘して,頭や心に刻みつけることなのだと再認識した次第です。

なお,この音楽祭で私が聴いた最初はブラームスの『弦楽六重奏曲第2番』とシューベルトの『弦楽五重奏曲』でした。当初発表されたプログラムは第1番ということで,その第2楽章を聴きたくて行ったのですが,当日のプログラムでは2番に変更されており,がっかりしたのを覚えています。「演奏曲目は変更される場合もあります」という告知もあるので,遺憾ともしがたいのですが,残念でした。

今後,何回コンサートに行けるかわかりませんが,生で聴きたい曲にビゼーの『交響曲 ハ長調』があります。17歳の時の作品で,非常に明るく若々しい曲です。

臨床福祉学科 長友道彦でした。

手話-言語へのもう一つの入り口

2019年4月 8日

福祉専攻教員の上農です。大学では「哲学」「人間論」「障害児教育」等の講義をしてきました。研究分野としては聴覚障害児を対象とした医療社会学と臨床哲学の問題に取り組んでいます。今回は私の仕事に深い関係のある手話の話をしたいと思います。

4月3日の朝のニュースで新しい元号「令和」の手話表現が早速決まったことが報じられていました。また、4月1日に新元号が発表された際のテレビ放送で、菅官房長官が掲げた「令和」のパネルと手話通訳者のワイプ(小窓映像)が重なってしまったことも聴覚障害者の間では話題になっています。事前の周到な準備があれば防げたトラブルで、残念ながら障害者に対する情報保障への認識に課題を残しました(それでも、手話通訳者が付いているだけでも以前と比べれば改善されているわけですが)。

このような形で、私たちの暮らしの中にも時折、手話の存在が姿を現すことがある、そんな時代になっています。中学や高校で手話の基礎を少しだけは学んだ人も増えてきました。


さて、皆さんは手話について、どんなイメージを持っているでしょうか?

(1)手話は万国共通なのではないか。だから、手話を使う聴覚障害者は外国に行っても話が通じて便利だろうな。

(2)しかし、手話はジェスチャーのような身振りだから、簡単なことは表現できても、複雑な話は手話では出来ないのではないか。

(3)聞こえない子どもたちはどうやって学校で勉強しているのだろうか。やはり、聾学校では手話を使って授業しているのだろうか。


こんなふうに思っている人は多いのではないでしょうか。しかし、これはすべて事実とは異なる誤解です。どんなふうに誤解なのかということを以下に説明しますが、その前に、そのこととの関連で、聞こえない人たちを「中途失聴者」「難聴者」「聾(ろう)者」という三つの集団に分けて考える場合があることについて話しておきます。

中途失聴者とはある年齢から聴力を失った人たちで、それまでは聞こえていた人たちです。難聴者とは全く聞こえないわけではなく、ある程度は聞こえる人たちです(ただし、その聴力の程度は様々です)。聾者とはほとんど聞こえない人たちのことです。聾という漢字には「つんぼ」という差別的な意味もあるため、「ろう」と平仮名で書くことが多いのですが、龍の耳は聞こえない代わりに、その角に神力が宿っているという中国の神秘的な故事があるため、この漢字をそのまま使う人もいます。

さて、誤解についての話です。

(1)日本、アメリカ、フランス、イタリアには独自の手話があり、それぞれ異なっています。日本の手話とアメリカの手話が通じ合うことはありません(ただし、日本と韓国の手話、アメリカとフランスの手話には類似した部分はあります。それは歴史的な事情があるからです)。例えば、アメリカ人の聾者が手話で講演する場合、それをまず一旦、日本の手話に通訳し、さらに、その日本の手話を音声日本語に通訳するという二重通訳が必要です。

(2)日本で使用されている手話には対応手話と日本手話という二種類の手話があり、それぞれ性質が違います。対応手話は日本語を手話単語で部分的に表したもので、音声が伴うことが多く、主に中途失聴者や難聴者が使っています。日本手話は日本語とは異なる独自の文法構造を持っていて、発話を伴わず、聾者によって使われています。

日本手話は独自の文法を駆使して、日本語に劣らぬ複雑で精緻な内容を表現できる自然言語です。実際、聾者同士は日本手話によって、聞こえる人間と何ら変わらない複雑で豊かな意思疎通を図って暮らしています。手話には抽象的な概念を表す語彙もちゃんとあり、「日本手話学会」という学術組織では言語学の専門的な議論も日本手話で交わしています。

(3)聾学校では長い間、手話は禁止されていました。音声言語を聞こえない子どもたちに習得させる「口話法」という教育が採用されていたからです。しかし、十数年前から徐々に手話も取り入れられるようになり、今では口話と手話が混在した状況になっています。ただし、それでも聞こえない子どもたちが日本語を習得するのは難しく、教科学習にも大きな課題を残しているのが現実です。


手話ということばの仕組みを知ることで、言語自体の機能や構造を再認識させられる、つまり、聞こえる人間が無意識で使っている自分たちのことばやコミュニケーションについて改めて考えさせられるという効用が手話にはあります。手話というと、何かすぐに福祉との結びつきが浮かびますが、手話には「ことばとは何か」「コミュニケーションとは何か」という人間にとっての根本的問題を考える“入り口”としての意味もあります。私も言語学や文化人類学、哲学の問題としての興味から手話の世界に入りました。

 

手話に関心のある人に勧めたい映画と本を紹介します。映画は「愛は静けさの中に」という作品です。主人公の聾女性を本物の聾者であった女優マーリン・マトリンが演じていて、聾者では初めてアカデミー主演女優賞を受賞しました。この映画は、愛し合う聾者と聴者が互いを真の意味で「理解する」ことの難しさとその葛藤を正面から描いています。私たちが陥りやすい“安易な善意”というものを再考するきっかけになるでしょう。


 

 

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本は『わが指のオーケストラ』(全4巻)(山本おさむ)というマンガです。この作品を読むと、日本の聾学校において、なぜ長い間、手話が禁じられてきたのか、その歴史的経緯が分かります。また、聞こえない人間にとって手話がなぜ必要なのかという最も大切な問題を的確に訴える点において、おそらくこのマンガ作品以上のものはありません。


 

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もう一冊、『言葉のない世界に生きた男』(スーザン・シャラー著)を挙げておきます。


 

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福祉や医療の勉強は現実的には資格取得のための知識の学習になりがちですが、福祉や医療が職業の対象にする障害者や高齢者の存在の根底、根源には、哲学や言語学が取り扱ってきた本質的な問題が密接に係わっています。大学で「学ぶ」とは、本来、そのような学問の深い意味に少しでも触れて、大人になるということではないかと私は考えています。

三浦雄一郎さんほどではないにしても

2019年3月 1日

登山家?冒険家?の三浦雄一郎さん(86)が南米最高峰への登山を断念したしたことが報じられました。あの大望は,気力・体力・資力があってのなせることだろうと思います。三浦さんほどではないけれども,私が達成してみたいことが2つあります。1つは,半世紀以上にわたってファンであるホークス(南海→福岡ダイエー→現福岡ソフトバンク)の試合を相手チームの本拠地球場で観戦・応援することです。パ・リーグ6チームは,札幌ドーム(北海道日本ハムファイターズ),楽天生命パーク宮城(東北楽天ゴールデンイーグルス),ZOZOマリンスタジアム(千葉ロッテマリーンズ),メットライフドーム(埼玉西武ライオンズ),京セラドーム大阪(オリックス・バファローズ)そして福岡ヤフオク!ドームです。京セラドームでは昨夏,観戦・応援・勝利しました。残り4ヶ所,いつかは達成したいと思っています。

2つめは,地方に根ざしてプロとして頑張っているオーケストラを生で聴きたいということです。日本オーケストラ連盟に正会員として登録されているオケは25団体あります。このうち首都圏,中部圏,近畿圏以外のオケは,北から札幌交響楽団,仙台フィルハーモニー管弦楽団,山形交響楽団,群馬交響楽団,オーケストラ・アンサンブル金沢,広島交響楽団,そして延岡では年末の『第九』でお馴染みの九州交響楽団です。このうち九響は数え切れないくらい,広響は前職を退職した時に自分へのご褒美として広島で『英雄』を,OAKは同じ年にアシュケナージ指揮辻井伸行さんのピアノでショパンの協奏曲2番と『田園』を聴きました。残りは札幌,仙台,山形,群馬です。

2月下旬に,たまたま仙台フィルの演奏会が大分県の竹田市(仙台市とは音楽姉妹都市だそうです)であることを知り足を運びました。~ひびけ 歌声とともに~というサブタイトルを持つプログラムは第一部が混声合唱とオーケストラによる「群青」,混声合唱とオーケストラによる「荒城の月」,ミュージカル「橋を架けよう」,第二部がドヴォルザークの『新世界より』でした。一部の曲は「荒城の月」しか頭に浮かばず,『新世界より』を楽しみに行ったのです。妻と「意外と第一部が良かったりしてね」などと話していました。まさにその通りでした。ホールが小規模ということもありましたが,オーケストラと200人を越す合唱に圧倒されました。勿論『新世界より』も熱演であり,第2楽章の♪遠き山に陽は落ちて♪の部分の演奏などメリハリのついた演奏でした。最後は竹田市の市民の歌「私は空」そして,唱歌「故郷(ふるさと)」をオケの伴奏で歌って感動的な幕となりました。わざわざ延岡から足を伸ばした甲斐があり,しかも入場料金が「宝くじ」の助成があり2千円で,申し訳ない程でした。(写真は当日のプログラム)


 

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と,言うわけで残りのオケは札幌・山形・群馬の3つとなりました。理想は本拠としているホールで,ベートーヴェンの『第九』などの交響曲なら何も言うことはありませんが,贅沢は言わずに機会があれば是非達成したいと思います。

ところで,第一部の合唱指導に都城泉ヶ丘高校時代の教え子の名を見つけて激励したり,指揮者が年末に延岡で『第九』を振った山下一史氏であったり,竹田市(たけだではなくたけたということを知りました)が「いぬのおまわりさん」の作詞者佐藤義美の故郷であることなど,色々な発見のあったコンサートでした。感動を味わうためには足を動かすとも大切だとも気づきました。

弥生3月は春の到来,花咲く季節でもありますが,別れの季節でもあります。別れは新たな出会いの始まりとも言えます。皆さまが素晴らしい出会いが訪れることを願いながら...

臨床福祉学科 長友でした

怪我の功名? 瓢箪から駒

2019年2月 5日

NHKテレビの『ガッテン』の司会者の立川志の輔さんの新作落語に『はんどたおる』という演目があります。スーパーに買い物に行った妻が,「3千円以上お買い上げの方にハンドタオルプレゼント」に惹かれて,3千円にするために550円分シュークリームを購入した(しかも賞味期限は当日)ことから展開される傑作です。これを聴いて私は大笑いしたのですが,よく考えてみたら自分も同じ事をやっていたという話です。


前回,リック・ウェイクマンのCDについて書きました。その時オンラインショップで3千円以上500円引きというクーポンを持っていたために3千円以上にするために一番安いCD1080円を同時に注文しました(前回のブログでは300円と書きましたが,手元の領収を見ると500円でした)。
1976年5月にデビューしたアップルズという日本の姉妹3人組のCD『THIS IS APPLES』(CDSOL-1621 写真1)です。

 

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これを購入するに至った経緯を考えると,人間の記憶が行動に及ぼす影響の面白さにつながるのではないかと思います。まず,安価でなければならない。リック・ウェイクマンのCDが2400円でしたので,3千円にするためには,安いに越したことはない。そこでオンラインショップで調べていくと,このCDに目が行きました。それは編曲者の中に穂口雄右氏と前田憲男氏の名を見たからです。前田氏については以前書きました。穂口氏はあのキャンディーズへの作品(「年下の男の子」,「春一番」など)提供者として知られていますが,実はそれ以前の彼のオルガン奏者としての演奏に注目したときがあります。所謂GS時代にアウト・キャストというグループから津々美洋とオール・スターズ・ワゴンというバンドに移った作品を聴きました。
このバンドが日本コロムビアから出したアルバム『エレキ・ギター・ヒット速報』第一集(JPS-5145 写真2)の中の「君だけに愛を」と「思い出のカテリーナ」でのオルガンのソロ演奏は才能を感じさせる出来で,それこそワクワクさせる演奏でした。

 

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特に前者のソロパートは30秒以上にわたるアドリブでした。その後しばらくして,キャンディーズの作品に彼の名前を見つけたときに,「なるほど,才能が花開いたのだ」と納得したのでした。その彼が参加している無名のアップルズというグループに関心を持ったのが2つめの理由です。3つめは収録曲に「ひげのおまわりさん」を見たからです。昨年読売新聞の『時代の証言者』で「サッちゃん」や「いぬのおまわりさん」の作曲者大中恩さんが取り上げられ,昨年末に亡くなられていたので,「ひげのおまわりさん」→「いぬのおまわりさん」と連想して,「いぬの~」の編曲版かと思ってしまったのでした。

 

この3つの理由から購入しただけに,リック・ウェイクマンのCDは3~4回も聴いたのに,こちらは開封もせずにそのままでした。そして,たいして期待もせずに聴いてみると,驚きました。1枚で3回楽しめるCDです。まずは,確かな歌唱力。添付の解説によれば,78年にはグループ名をEVEと改め,スタジオ・ミュージシャンとして活動し,(女性コーラスの入ったCMソングはほぼEVEが歌っている)ほどの実力。2番目は提供された楽曲の出来のよさ。キャンディーズに歌って欲しかったと思わせる曲もあります。ただ,キャンディーズよりも上手いかな。そして,当時を反映したディスコ・サウンド。ボーナス・トラックとしてカラオケ4曲が収められていますが,歌無しで充分に楽しめる演奏です。これで1080円は安く,お買い得でした。結果的に今回の題の『怪我の功名? 瓢箪から駒?』ということになりました。

 

「ひげのおまわりさん」は? 「おまわりさん」→警察官→警部で,「ペッパー警部」の延長線上の作品でした。大中先生,ごめんなさい。

 

改めて考えると,リック・ウェイクマンのCD=2400円の出費で済むところを2980円支払った訳ですので,結果的には余計な出費だったことになります。志の輔師匠の落語を聞いて笑っていた自分が恥ずかしくなる話でした。ただ,1枚で3回楽しめるCDだったことがせめてもの救いです。

 

大学は学生たちの後期試験も終わり,3月19日(火)の学位記授与式(卒業式)に向けて各種表彰者の選考も始まりました。また,中期・後期の大学入試も行われます。まだまだ間に合います。一緒に学びましょう。

臨床福祉学科 長友でした。

「禍福は糾える縄の如し」の新年

2019年1月23日

あけましておめでとうございます。「平成」最後の新年もあけました。本年もよろしくお願いします。私事ですが(私の担当はほとんどが私事なのですが),このお正月はまさに「禍福は糾える縄の如し」でした。

2日は20歳違いの教え子たちとの同窓会で楽しいひとときを過ごし,3日に長女の家族も帰省し,全員そろっての新年会,そして4日には11月から出産のために里帰りしていた次女が初めて長男を出産して,めでたさのピークを迎えました。ところが長女の家族が帰った後,残された者達に咳が出始めました。まさに「カゼとともに去りぬ」でした。実際にはインフルエンザだったようで,予防接種をしていなかった妻が罹患してしまいました。そして出産後わが家に帰ってきた次女と赤ちゃんでしたが,赤ちゃんに発熱・嘔吐症状が出て,12日未明救急救命センターへ運びました。幸いインフルエンザではなかったようですが,生後一週間足らずで採血,レントゲン,点滴を受け,大事を取り2日間の入院でした。恐らく彼が大きくなってから「お前が生まれたときは…」と語り草になるのではないかと思います。しかし物は考えようで,これだけ病院のお世話になればこの後しばらくは病院にかかることもないのではないかと期待しています。また,ことわざの「禍福は糾える縄の如し」も幸福の絶頂にあっても,不慮の対応を怠るなという警告とも受けとめられます。

さて,今年最初に購入したCDについて書きます。クラシック以外の楽曲で私が一番好きな曲は「アメイジング・グレイス」です。この1曲のために購入したレコードやCDはたくさんあります。今回リック・ウェイクマンのピアノ曲を集めたCDにこの曲が収録されているのを知り,購入を予定しました。リック・ウェイクマンと言えば,知る人ぞ知るロックバンド「イエス」のキーボード奏者です。それだけに興味・関心が強かったのです。ちょうどネットのオンラインショップで3千円以上300円引きというクーポンを持っていたために,3千円以上にするために一番安いCDも同時に注文しました。

結果は?リック・ウェイクマンの作品は予想以上の出来でピアノによる「アメイジング・グレイス」の素晴らしさだけでなく,それ以外ではチャイコフスキーの『白鳥の湖』のピアノ・バージョンなど秀逸の作品が多く収録されており,買ってよかったと思わせる出来でした。数合わせで買ったもう一枚は?これについては,次回書くことにします。

1月になり,大学では1月9日(水)に英語村主催の餅つきとぜんざいの振る舞い,19~20日はセンター試験,そして現在後期試験が実施されております。昨日1月22日(火)には2月上旬に行われる社会福祉士・精神保健福祉士の国家試験に向けての壮行会が実施されました。介護福祉士や鍼灸も含む国家試験が間近に迫ってきました。体調を整えて万全の対策を講じて臨み,3月には吉報とともに学位記授与式(卒業式)を迎えて欲しいものです。

本年が皆さまにとって良い1年であることを祈念しながら… 臨床福祉学科 長友でした。

写真はリック・ウェイクマンのCDジャケット『Piano Portraits』

 

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前田憲男氏のこと

2018年12月15日

11月28日の各紙で前田憲男氏の死が報じられました。私が担当するブログの中で,編曲者・アレンジャーを取り上げているシリーズがありますが,その中で紹介したい一人でした。氏の活動については,新聞の記事のとおりで,ジャズ・ピアニストであり,多くの音楽番組を担当し,ヒット曲の編曲も手がけています。

私は彼の音楽活動は,ジャズ・ピアニストであり,歌謡曲を含むポップスの編曲者,そして管弦楽のオーケストラのためのオーケストレーションの3つだと思います。私が氏に尊敬の念を抱くのは,これらの技術や技法を独学でマスターしたという点です。東芝EMIから発売されたアルバム『恋のアランフェス/前田憲男』(TP-60440)の解説によれば,昭和9年⒓月に小学校教師の両親の下に生まれ,両親ともに音楽が好きでピアノやレコードがあるという家庭環境ではあったものの,特にピアノを習ったわけではなかった。その彼が,音楽への道を進むきっかけとなったのが,中学校2年生の音楽教師との出会いだという。「もしもその先生に教わらなかったならば,もっと違うことをやっていたでしょうね」と述べています。その後,大阪の桜塚高校へ進み卒業後音楽の世界に飛び込み,上述のような活躍をされたことになります。

こうして考えれば以前にも記しましたが,人生の中で「出会い」がいかに大切かということに改めて気付かされます。一期一会という言葉もあります。若い人であれば,先輩・後輩,友人,教師,アルバイト先の人たち,音楽や書物,絵画などの出会いを大切にして欲しいものです。

さて,私が前田氏の音楽活動に注目するようになったのは,記憶が曖昧なところもありますが,ある週刊誌に「来日アーティストで,日本公演に際してステージでの音楽担当者に前田氏を指名する人たちが多い」といった趣旨の記事を目にしてからであったような気がします。その後,様々な情報に注意を払うと,色々なところで氏の名前を見ることになり、レコードやCDを購入しました。今手元にあるそれらを眺めてみて,意外にもヒット曲の編曲が少ないことに気づきました。アルバムは1978年から1984年までにLPレコードで14枚,島田佑子さんとボニー・ジャックスのそれぞれのCDを全曲編曲したものがあります。ところがシングル盤(ヒット曲)となると,

『別れの朝/ペドロ&カプリシャス』(1971年) ,『冬のリビエラ/森進一』(1982年),

『熱き心に/小林旭』(1985年) 大瀧詠一の編曲にストリングスを追加。

そして,『Mr.サマータイム』くらいなのです。

そこで,ヒット曲を年代別に収録した『青春歌年鑑』シリーズで調べてもこれくらいでした。個人的に好きなアリスの『さらば青春の時』(1978年?)と『美しき絆─ハンド・イン・ハンド─』(1979年)を加えても6曲です。アルバムの半分以下です。このギャップはどう考えれば良いのでしょうか?

前田氏は全体を俯瞰する音作りを得意としていたのだと思います。上述の来日アーティストたちが彼を指名したのは2時間前後のステージの構成を考えてのことであり,アルバムの数が多いのも1枚12~20曲の曲順や構成等も含めた編曲が出来たから,その方面の仕事が多くなり,結果的にシングル盤などのヒット曲は少なくなったのではないかと考えます。編曲の仕事以外にジャズ・ピアニストとしての活動もあります。

彼の作品で,私のお気に入りは『SPIRIT 南こうせつ作品集 東京交響楽団』(写真1)と『交響組曲 クラッシャージョウ』東京交響楽団(写真2)ですが,CD化されていないようですので,是非CD化して欲しい作品です。

今年の世相を象徴する「今年の漢字」は「災」だとか。来年が「福」の年になることを願いながら...

臨床福祉学科 長友でした。

 

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東北の被災地を視察して感じたこと

2018年11月22日

※ 震災当時を思い起こさせる写真が含まれています。

 

今年(2018年)の夏、仙台で開催された日本建築学会に行きました。学会が企画した被災地の見学ツアーがあったので参加しました。

被災して住宅を失った住民のために高台に新たに建築された石巻市北上地区の戸建ての復興公営住宅や、津波で町全体が流されたしまった女川町の再建の状況、屋上に避難し多くの小学生らが救われた荒浜小学校などを視察させてもらいました。

 

 <石巻復興公営住宅:北上・にっこり地区>

 一般の住宅団地の一区画に戸建て公営住宅を建設しています。区画内に共用管理の農地や緑道も整備されていました。

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<女川駅周辺の復興状況>

新しい街の計画が立てられ復興が進められています。駅前の商店街には、多数の飲食店や雑貨店が並び、休日には多くの観光客でにぎわっているようです。女川の特産品「ホヤ」のパスタを食べました。塩気が利いて美味しかったです。

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女川駅も新しくなりました。駅の前には足湯があります。

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震災当時、高台の運動公園には多数の仮設住宅が並んでいました。(写真左は残されている仮設住宅) 現在は、復興集合住宅団地が立ち、新しい生活が始まっています。

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<仙台市荒浜小学校跡地>

震災発生直後、児童・教職員・近隣住民ら320人が屋上に避難した小学校の跡地です。2階部分まで津波が到達しました。津波の犠牲を再び出さないようにとの願いを込めて、震災遺構として残されています。

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一部の教室は震災当時のままの状態で残されています。室内2階にも津波の到達ラインが表示されていました。

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4階部分は展示スペースとして利用され、震災直後や避難当時の様子を記録として残しています。震災前の学校周辺は写真右の模型のようにたくさんの住宅が立ち並んでいました。模型は、復興を支援している大学が当時の様子を再現したものです。当初は着色されていませんでしたが、この小学校の生徒たちが1軒ずつ住んでいた方のお名前を書き込み、着色をしたそうです。

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今は危険区域として指定され、建物建設が規制されています。写真右奥に見えるのが海岸線です。海岸から700mの位置にある学校にまで津波が到達しました。

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震災から7年が経過していても、現地に立つと改めて津波の恐ろしさ痛感し胸が締め付けれれる思いでした。その一方で、あれほどの被害から少しずつ “まち” が息を吹き返している力強さも感じることができました。

今回の視察では、建築物の復興だけでなく、そこに住む住民の生活を支える団体の取り組みについても学びました。その一つが『石巻市北上地区復興応援隊』の活動です。

どんな困難からも立ち上がろうとする住民と、共に地域を支え再建を目指している福祉専門職の姿を、本学の学生に伝えたいです。

臨床福祉学科 三宮

延岡のまちづくり

2018年11月 5日

2016年からの工事がやっと終わり、延岡の玄関が新しくなりました。

 改修前の延岡駅

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工事中の延岡駅

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 工事期間中の改札口

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 新しくなった延岡駅 コンクリートの柱と梁が強調されたデザインです。

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 改札口の壁面には木材が使われ、温かみがあります。

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駅の東口もきれいに整備されました。

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コーヒーショップや書店も入り、駅に用事のない人も立ち寄るようになりました。

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子ども連れの方のためのキッズスペースもとられています。

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夜の雰囲気もなかなかいい感じです。

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 現在、延岡駅西口周辺に複合施設の建設が計画されています。この建物ができれば、さらに “街” の賑わいが期待できます。

 ただし、建物や交通環境が整えることだけが “まち” づくりではありません。そこに住む住民が、その “まち” を末永く大切に育ていくことが、本当の『まちづくり』につながると思います。

 延岡市以外から本学科に入学した学生は4年間だけの延岡での生活になるかもしれません。もしかしたら、延岡出身の学生も卒業後は市外に転出するかもしれません。短い期間でも延岡の市民として “まち” を大切に思い、まちづくりに貢献してほしいです。

 臨床福祉学科 三宮

"在宅・福祉施設で働く看護師のための研修会"でお話ししました !!

2018年10月26日

みなさん、朝晩肌寒くなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか。

宮崎も秋が深まってきました。今日は秋晴れです。


 先日、延岡・西臼杵地区という本学周辺地区の「在宅・福祉施設で働く看護師のための研修会」で「ストレスに負けない!よりよい支援のために」と題して話しました。研修会の名称には「看護師の」とありますが、介護職の方も対象です。

 

 


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今、主な介護の現場は施設から地域に移っています。


そして、右の植木鉢のような地域包括ケアシステムの5つの構成要素(住まい・医療・介護・予防・生活支援)が相互に関係しながら、一体的に提供されることを目指しています。


今や医療や福祉の仕事は多職種連携の時代です。

おひとりの方を多職種の専門家がサポートするのです。

社会が複雑になったと言えばそうですが、支援が多岐にわたって可能になったと考えると安心も増します。


 

 

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研修会でうれしかったのは、通常の勤務の後にもかかわらず参加者の皆さんに熱心に聞いていただいたことはもちろんですが、代表して謝辞をくださったのが卒業生だったことです。仕事はもちろん、地域の会のスタッフとしても頑張ってくれていることに感激しました。とともに、過ぎた時間にも思いを馳せました。白髪も増えるはずです(笑)。

 



今年の学園祭は、11月3日(土)・4日(日)です。

社会福祉学部卒業生勉強会主催の「九保祭20回特別企画 社会福祉士を知ろう! 卒業生の今」のコーナーもあって、詳しい話が聞けます。病院で、施設で、地域で活躍している卒業生の姿をぜひご覧ください!!


文責:田中陽子 (上の図は2つとも厚生労働省HPから)

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