教員の活動

胡蝶蘭の開花から学んだこと

2018年5月 7日

こんにちは!

 

臨床福祉専攻の貫です。

毎年のことですが卒業式が終わると、心にポッカリ穴が開いたようで寂しい気持ちで日々過ごしていました。

しかしそれも束の間、4月6日に入学式があり今年も元気な1年生が入学してきました。

また在学生の授業が始まり学内は活気づいて、いつもの日常に返った感じです。

毎日触れ合う学生の元気な声や笑顔に癒され「よっしゃー!」と自分自身に喝を入れています。

 

もう一つ、私自身が癒されているものがあります。

それは二年ぶりに開花した胡蝶蘭です。

一度、花が咲き終えた鉢植えをいただき研究室に置いて育ててきました。

多分、花を咲かすことは無理かな?と思いながら苔の湿り具合を指で感じながら根腐れしないように大切に育ててきました。

 

「花を付けるのは無理かな」と諦めかけていた今年の冬、新芽が伸びその先に小さな蕾をつけました。今では5つの花が咲き、2つの蕾が少しずつ大きくなっています。とても綺麗で毎日、眺めては癒されています。

 

胡蝶蘭の成長過程を通して、学んだことがあります。

それは、小さな花でも大きな花でも時間をかけて咲くまで待つ、諦めないということ。

また色々な形の花、大きさの違う花が咲いてもそれは個性としてとらえること。

毎日、気にかけ声をかけたり、時には見守ったり、折れそうになったら添え木になること。

 

そんな思いで毎日、学生と関わっていこうと思います。

 

 

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コンサートのすすめ

2018年4月11日

小・中学校や高校と大学の違いの一つに,儀式の数があります。小中高では,1学期は新任式とそれに続く始業式に始まり,入学式で新入生を在校生が迎えます。その後各学期の始業・終業式もあります。また,高校総体など大きなスポーツ大会の前には選手推戴式,そして優勝や入賞があれば賞状納め式などもあります。

2月から3月にかけては,学校における最大の行事と言ってよい卒業式があります。その前に,その学年の3年間の生徒の活動に対して,皆勤賞や各種団体からの生徒表彰を行う表彰式,同窓会入会式があって卒業式本番を迎えます。そして終業式(終了式)がありますが,3月末には教職員の異動に伴い,離任式で1年が終わります。

大学では周年行事が行われる場合もありますが,入学式(本学では入学宣誓式)と卒業式(学位記授与式)の2つが基本です。3月19日に4年生が卒業しましたが,4月6日に入学式(入学宣誓式)が挙行され新入生を迎え,2018年度も始まりました。教員一同,気持ちも新たに指導していきます。

 

さて,前回に続きコンサートの感想です。昨年⒓月とこの2月はささやかな贅沢をしました。それは,ベートーヴェンの同じ交響曲を月に2回聴くというものです。

12月は恒例の交響曲第九番『合唱』を延岡(16日)と福岡(24日)で聴きました。オーケストラは両日とも九州交響楽団で,延岡は「のべおか『第九』を歌う会」の主催,大分県立芸術文化短期大学の森口真司氏の指揮,地元及び宮崎県に縁のあるソリストたちと地元を中心とした合唱団による演奏でした。団員の高齢化や団員数の減少への対応がなされ,小学生も参加しての合唱でした。小学生を交えての合唱はそれなりに聴き応えのある演奏でした。アンコールは,『きよしこの夜』で,1年の終わりを実感しながらの演奏会でした。

それに対して,福岡は「九響 第11回 名曲 午後のオーケストラ」と銘打った演奏会で,指揮は音楽監督の小泉和裕氏,ソリストは声楽家や指導者として活躍している4人,合唱は九響合唱団を中心に九大男声合唱団や混声合唱団の人たちから構成されていました。鍛えられた合唱とオーケストラとソリストの演奏で,わざわざ福岡まで足を伸ばした甲斐のある演奏会でした。こちらは正真正銘の『第九』だけの演奏で,アンコールもなく純粋に『第九』の余韻に浸ることができました。

延岡の『きよしこの夜』は不要かというと,フル・オーケストラと一緒に『きよしこの夜』を歌って,「今年も色々あったけど,来年も頑張るぞ」という気持ちで家路につくのも良いのではないかと思います。

2月はベートーヴェンの『第7番』です。この曲は『のだめカンタービレ』で使用されて一躍有名になりました。2月12日,雪の福岡での演奏会を聴くきっかけは新聞記事でした。「フィルハーモニア福岡」というアマチュアのオーケストラによる『4番』と『7番』を延原武春氏が指揮するという内容でした。延原氏は独自の解釈による指揮者であり,私も『第九』をCDで聴きましたが,全曲を63分足らずで演奏する超スピードで驚きました(CD写真)。CDが登場したときの収録時間が74分となったのは,『第九』を1枚に収めるためであったと聞いたことがあります。そう考えると63分は短い。その指揮者がどのように『4番』と『7番』を振るのかが興味深くてチケットを購入しました。(何と,千円で交通費はその10倍です!)

 

 

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この演奏会の特徴は,指揮者による解説が演奏の前にあったこと,第1ヴァイオリン・第2ヴァイオリンそれぞれ8人がステージの左右に,ヴィオラ6人は指揮者の右手に,チェロ6人とコントラバス4人は左手に配置されていること,そして管楽器はすべて2人ずつの編成でした。アマチュアと言え,力のこもった演奏で充分に楽しめるものでした。特に,『4番』では「あっ,こんな表現もあるのだ」と驚いた部分もありました。

『7番』は上述の楽器配置が活かされて,第4楽章の弦楽器の動きを鮮明に聴くことができました。次回は,同じ指揮者によるシューベルトの『未完成』と『グレート』ということです。『グレート』は生では聴いたことがないので,都合がつけば是非足を運びたいと思う演奏でした。

そして,最後は井上道義指揮日本フィルの九州公演最終日です(日フィル写真)。楽団員が入場してコンサートマスターを見て,あれっ?と思ったのは見たことのある顔だったからです。自宅に帰って確認したら,元九州交響楽団のコンサートマスターを務めていた人でした。オーケストラにも異動があるのだということを実感した次第です。また,コントラバスの一人が春の選抜甲子園大会に出場した富島高校の濱田監督に似た人であったり,ピアノのソリストの反田恭平さんがアンコール(モーツァルトのトルコ行進曲)を非常に速いペースで弾いたのが印象的でした。

こちらの楽器の配列は第1・第2ヴァイオリン14人ずつが左右対称の位置,ヴィオラ(7?8)が第1ヴァイオリンの右側,チェロは第2ヴァイオリンの左側,コントラバス(7)はステージの右奥に位置するもので,福岡の倍近い編成で,圧倒的な迫力でした。

私はクラシックのコンサートに行った時は,まず楽器配列に注目します。また,小型のオペラグラスを持参します。演奏者の表情を見たり,楽譜台を見ると,アンコール曲の楽譜が準備してあったり,楽しいものです。

 

 

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ところで,福岡の演奏会では,第1ヴァイオリンの末席にヴァイオリンだけが置いてありました。最初は後から参加するのかと思っていましたが,最後までそのままでした。この演奏会での演奏を前に怪我か病気で入院,あるいはその舞台を果たせないままの人のための席だったのかなと思っています。

以上 臨床福祉学科 長友道彦 でした。

無駄のすすめ

2018年2月23日

ブログの原稿を書きながら,「長友のブログは臨床福祉学科とどう関係するのか?」という疑問が生じているのではないかと危惧していますので,少々説明を…。

私は,本学で教員免許取得に関する授業を担当しております。教育に即効性を求める見解もありますが,私は,教育は時間のかかる仕事であり,教師は一見無駄と思えることにでも視野を広げておくべきだと思います。

私が過去に担任した生徒で不登校の傾向にある男子がいました。彼はトランペットが好きで,上手だったらしいのです。欠席している彼のもとへ家庭訪問して,出席状態のことや成績のことは抜きにして,まずは音楽の話をしました。それ以後,彼の状態が飛躍的に改善すれば,「スーパーティーチャーNAGATOMO」なのでしょうが,そうはならなかったものの,少しずつ改善して進級・卒業して行きました。後日談になりますが,姪の結婚式で,式場の応援スタッフとして賛美歌を吹いてくれている彼の姿があり,元気で頑張っているのだと喜んだ次第です。もし,私が音楽に興味がなく,彼との接点がなかったら…と思うと,ひょっとしたら彼の人生は変わっていたかも知れません。

また,私はクラスをオーケストラに擬えて考えることもありましたし,今もそうです。オーケストラの楽器の中で,演奏で(耳で)目立つのは第1ヴァイオリンです。弦楽器で目立つのはステージ後方で構えているコントラバスですし,その前に坐っている大きな楽器のチェロも分かりやすい。ヴィオラは?ヴァイオリンを一回り大きくしたもので,一見しただけでは判別しにくい。しかも音は縁の下的な役割が多いが,不可欠の存在である。管楽器では,フルートやトランペットは目立つ。オーボエ,クラリネットは?ファゴットは?ホルンは?パーカッションは?

色々な楽器がそれぞれの役割を果たしてオーケストラは成り立っている。学級(生徒)も同じだと思うのです。たまに耳にする話として,合唱コンクールがあります。優勝を目指すが故に,「自分は音痴だったから,口パクを命じられた」という人がいます。言語道断のことです。私だったら,その人には「普通に歌って良いよ」,他の級友には「~~さんに負けない大きな声で歌おうよ」と話すか,そう言ってくれる生徒が出てくるように根回しするだろうなと思います。クラスの生徒はそれぞれがかけがえのない存在だと思います。こうしたことからも,音楽(オーケストラ)は,私の教師としての生き方の原点の一つです。

また,教師という仕事は自分の専門とする分野に関する知識を深めていくことは勿論ですが,生徒たちに興味や関心を持って欲しい事柄に対するアンテナを広げておくことも大切なことだと思います。自分が読んだ本や映画・テレビドラマ,音楽,ニュース,新聞記事,さらには出逢った人などを紹介することは若い生徒たちにとっては必要なことです。生徒たちも取捨選択して,聞き流す生徒もいる反面,それをきっかけに変化が生じる生徒も出てくると思います。

このように考えると,色々な情報に対してアンテナを広げておくことは,人と接する仕事にはすべてに共通するのではないでしょうか。臨床福祉学科で取得できる資格には社会福祉士,介護福祉士,精神保健福祉士そして高校「福祉」免許などがありますが,これらはすべて生身の人を相手とする仕事ですから,専門的知識は言うまでもなく,一見無関係に思える様々な情報や知識を持っておくことも大切なことだと思います。

ということで,次回は⒓月・1月のコンサートの感想を書きます。

臨床福祉学科 長友道彦 でした。

沖田ダムから交響詩曲「伊東マンショ」を想う

2018年1月 9日

あけましておめでとうございます。今年の年賀状で嬉しかったことは,音信が途絶えていた教え子から結婚・出産して母親になったという内容でした。高校2年の時に受け持った生徒でしたが,残念ながら不登校状態になり,通信制高校へ転学した生徒でした。色々苦労した分,幸せになって欲しいと思っています。

さて,レコードやCDを買う時にちょっとした興味・関心から買ったのに,思いのほか気に入って,お買い得感を覚えたことがあります。通常のコンサートの場合は,前もって演奏される曲をCDで聴くことができるので,さほどの当たり外れはありません。ただ,新作の初演だと全くの白紙の状態で聴くことになります。一昨昨年(2015年)の⒓月,宮崎県中央部の川南町において開催されている『モーツァルト音楽祭』で,『合唱・オーケストラ・ソプラノ独唱のための 交響詩曲「伊東マンショ~時を超える祈り~」』を聴きました。宮崎を代表する歌人であり,若山牧水の研究者そして俳優の堺雅人氏の恩師としても知られる伊藤一彦氏が伊東マンショを題材に作った短歌に,平成音楽大学学長の出田敬三氏が作曲しての初演でした。伊藤氏とは同じ高校で勤務したこともあり,教科も同じ社会科でしたし,さらに宮崎県ゆかりの人物で教科書に登場している数少ない1人である伊東マンショを詠んでいるということ,さらに音楽祭の実行委員会の会長を学校評議員にお願いしたこともあって聴きに行ったのでした。

結果は?考えていた以上に素晴らしい出来映えで,興奮を覚えながら延岡に帰ったのを覚えています。作曲者の出田敬三氏の名はメロディ・メーカーとして私の頭にインプットされました。すると,その後のテレビで甲子園の高校野球を見ていたら,熊本代表として出場している秀岳館高校の校歌もきれいな旋律で出田氏の作曲でした。

勿論,一昨年の音楽祭にも聴きに行き,感動を新たにしたところでした。昨年(2017年)は,伊東マンショゆかりの西都市でも演奏されることは情報を入手していましたが,確実な日程を確認しないまま,判明したのは演奏会が終わってからのことでした。そうした中,11月下旬の朝日新聞に「苦難の旅路描く交響詩曲が完成」の見出しで,熊本での国内初演奏が紹介されていました。川南での2回の演奏に序曲が加えられ,所謂完全版の初演になるわけで,「聴かない訳にはいかない」と思い,チケットを予約しました。午前7時30分の特急バスに乗り,熊本へ向かいました。寒波の影響で五ヶ瀬から高森あたりにはうっすらと雪が見られ,阿蘇の山並みは雪化粧でした。また,西原村あたりでは仮設住宅を目の当たりにして地震の影響の大きさを実感しました。

さて,コンサートです。私は『合唱・オーケストラ・ソプラノ独唱のための 交響詩曲「伊東マンショ~時を超える祈り~」』を聴きたくて会場に行ったのですが,会場で初めてその他のプログラムを知りました(写真 プログラム)。

 

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学園創立45周年記念 熊本地震復興コンサートとして,『2017 華麗なる音楽の祭典』と銘打った演奏会でした。2部構成の内容は,Ⅰ部が協奏曲(指揮していたのは都城泉ヶ丘高校での教え子),Ⅱ部が独唱・合唱・オーケストラで,『交響詩曲』はⅡ部の冒頭でした。川南との違いは,序曲が加わっていること,何よりも合唱の数です。250名近い大合唱団です。まさに圧倒された演奏でした。この交響詩曲は名曲の名に恥じないものだと思います。昭和以降に作曲された曲で3回以上生の演奏を聴いているものに映画『砂の器』の「宿命」がありますが,それに匹敵する作品です。

交響詩曲が終わり,席を立つことも考えましたが,『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」は生で聴いたことがなかったし,長崎・佐世保公演記念曲「長崎は今日も雨だった」はどういう編曲(オーケストレーション)なのかが気になり,聴き続けました。「ある晴れた日に」はさておき,「長崎は今日も~」が始まった時こそ,(場違いでしょう)と言いたげなかすかな苦笑が聞こえましたが,曲が進むにつれて大合唱団とオーケストラの演奏に引き込まれていき,終わったら大きな拍手でした。私は,ひょっとしたら翌日の佐世保には前川清さんがサプライズ・ゲストとして登場するのはないかと想像しましたが,どうだったのでしょうか?

そして最後は,「我がこころのふるさと“熊本”を讃えて」として,『おもいで宝箱』が演奏されましたが,これは熊本の人たちにとっては馴染みのある曲らしくて,私の隣の人を含め会場の人たちも歌っていました。これだけでも充分に楽しめた演奏会でしたが,さらにアンコールが続きます。1曲目は,時節柄「もろびとこぞりて」。出田氏の編曲は曲の終わりに,一瞬クリスマス曲のメドレーかなと思わせる「ジングルベル」と「きよしこの夜」の旋律が顔を見せる洒落たものでした。2曲目は童謡の「ゆき」。そして,本当のフィナーレは,ウィーン・フィルの『ニュー・イヤー・コンサート』の定番の「ラデッキー行進曲」で,会場のみんなが(私も)手拍手をして盛り上がって終わりました。

コンサートが終わったときに,私の横に坐っていた3人家族の高校生らしき男の子が「明日も佐世保に行こう」とその親に話しかけましたが,私も同感でした。ただ,その準備をしていなかったので,追っかけはしませんでしたが,その価値は十分にある演奏会でした。音楽(クラシック)が好きで良かったなぁと感動を覚えた演奏会が何回かありますが,今回の演奏会もそれに加わることになりました。

 

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(おまけ)ちょっと嬉しかったこと。

1 熊本へのバスの中で,お祖母ちゃんに連れられた幼稚園児の女の子のおしゃべりが続き,お祖母ちゃんが何回か「静かに」とたしなめていました。熊本市内で降りるときに,お祖母ちゃんが誰に言うともなしに「(孫がうるさくて)すみませんでした」と言いながら降りて行きました。(イエイエ,どういたしまして。子どもはあんなものですよと思ったところでした。

2 コンサート主催の平成音楽大学にチケットを予約して当日受け取った際に,印刷ではあるけれども,写真のようなコメントがあったこと(写真  封筒)。

 

 


  

 

以上,臨床福祉学科の長友道彦でした。

沖田ダムの森の中から~遠ざかる風景と交響曲『日本の城』~

2017年10月 2日

ほぼ毎日沖田ダムを歩いていると,季節の変化を見逃すこともあります。早春から初夏にかけては若葉が萌え始め,ウグイスを始めとした鳥たちのさえずりが耳目を楽しませてくれます。夏至を過ぎ,立秋を迎えた最近はセミの大合唱で,可愛らしい鳥の鳴き声やあのカラスの声さえもかき消されてしまいそうです。

さて,6月下旬のことですが,福岡にベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴きに行きました。「悲愴」・「月光」・「テンペスト」・「ワルトシュタイン」そして「熱情」の5曲を横山幸雄さんの演奏で堪能しました。その夜は娘夫婦の所に一泊し孫の顔を見ての帰り,北九州市の黒崎駅でJR特急を利用した時のことです。乗り物の座席は,後部よりも前方,通路側よりも窓側を好む人間として,自由席の先頭車両に乗車して思わずラッキーと思いました。客席と運転席の仕切りが透明なプラスチック製の壁だったのです。しかも運転席の後ろの席はすべて空席でしたので,当然進行方向に向かって右側の席に座りました。左側は運転士の後ろです。流れゆく風景を飽きることなく眺め,珍しい建物や看板があると振り向いたりしておりました。

ところが乗車後10分ほどしたら,衝撃的な放送が聞こえてきました。「次の小倉駅から進行方向が逆になりますので,お手数ですが座席を回転させてください…」。失望感を覚えながら,座席を回転させようとしましたが,ふと「最後尾で眺める景色はどうなんだろう?」という好奇心が湧きました。幸い車両はガラガラの状態でしたので,遠慮・気兼ねすることなく後ろ向きのまま坐っておりました。電車が動き始め,徐々に加速してゆきます。びっくりしました。前方に坐って眺める風景は,視野の左右の後方に流れてゆきます。後方で眺める風景は,前方に集中してゆくのですね,当然といえば当然なのですが,これが実に新鮮でした。そして,もっと驚き感動したのはトンネルに入ったときです。目の前の風景が段々小さくなって点になり,その点も最後には漆黒の闇に吸い込まれてゆきます。これは,あたかも自分が過去に吸い込まれていくような感覚のように思えました。

これは珍しい体験であって,次回も最後尾の風景を選ぶかというと,5年に1回ぐらいか,たまには乗ってみようかという程度で,次の電車も先頭車両に乗り込むだろうと思います。

 

亡くなった人の名前と年齢,斎場の名称と告別式の時刻そして喪主の名前を記した新聞の葬儀の案内欄に目が行くようになったのは,50代半ば頃からでしょうか。

7月に亡くなった音楽家と言えば,平尾昌晃さんの名前が挙がります。新聞だけでなく,テレビでも大きく取り上げられました。病気という不遇な時があったとは言え,その業績は素晴らしいものがあり,彼によって世に出た人は少なくないような気がします。

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同じ7月に亡くなった音楽家に小川寛興さんがいます。ほとんどの新聞に追悼記事が掲載されています。作曲家,編曲家。「月光仮面」の主題歌,倍賞千恵子さんが歌った「さよならはダンスの後に」の作曲家として紹介されています。読売新聞の『編集手帳』では,NHKの連続テレビ小説『おはなはん』の音楽や中村晃子さんが歌った「虹色の湖」も取り上げています。私が小川寛興さんの名を畏敬のの念を持って意識したのは,高校生の頃です。当時のレコード店では,レコードを買うと『レコードマンスリー』という小冊子をサービスしてくれていました。文字通り,その月に発売されるシングル盤からLPレコードを紹介した冊子です。その中に,小川寛興さんの交響曲『日本の城』の記載があったのです(写真)。

流行歌の作曲家と交響曲。関心を持ったものの購入して聴くだけの経済的な余裕はなく,聴くことはなかったのですが,小川寛興さんの名前は心の中に残り続けておりました。その作品を耳にすることができたのは,CDの登場に伴って,1998年年に「キング秘蔵名盤シリーズ」としてCD化されて再発売されたのがきっかけです。

第1楽章 築城  第2楽章 天守の城  第3楽章 戦いの城  第4楽章 炎の城 第5楽章 不滅の城  という構成で,外山雄三さんの指揮 管弦楽は日本フィルハーモニー交響楽団,合唱をキング混声合唱団 そして和楽合奏として龍笛,雅楽琵琶,薩摩琵琶,尺八,箏,十七弦,小鼓,大鼓,ホラ貝そして胡弓が使用されています。CDの帯には,「海外でも圧倒的評価を獲得した名盤の復刻!!  明治百年記念芸術祭参加」と記されています。亡くなったのをきっかけに久しぶりに聞き直しましたが,作曲されたのが40歳代前半という油の乗り切った時期で,若々しさと意気込みが感じられる作品で,個人的には第3楽章が好みです。追悼記事の中に,交響曲『日本の城』に触れたものがないことを惜しみつつ,小川さん自身が作品をどのように思っていたのか興味を覚えながら,今回は終わります。

臨床福祉学科 長友でした。

Work hard, play hard

2017年9月27日

臨床福祉学科の日田です。今回は九州保健福祉大学がある、延岡市を含めた県北地域の海についてご紹介します。

 宮崎県は北は延岡、南は日南、串間など太平洋に面している地域が多く、夏になると県内外から多くの観光客で賑わいます。そのためマリンスポーツも盛んで、特にサーフィンは有名です。日本でも有数の良質な波が立つポイントが多いこともあって、全国のサーファーが波を求めて宮崎を訪れます。

 延岡のすぐ南、日向市の有名なポイントでは、夏になると駐車場にテントを張ってキャンプしながら波乗りを楽しむ姿も見られます。今年は世界ジュニアサーフィン選手権が開催されるため(9/23〜10/1)、より一層の賑わいを見せています。 

大会会場の日向市小倉ヶ浜

 

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大会の様子

 

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日向市のポイントで朝焼けの中波を待つサーファー

 

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朝日が昇る延岡市のポイント

 

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かくいう私も一年中サーフィンに勤しんでいます(もちろん仕事の合間を縫って)。

 そして今回是非紹介したいのが延岡です。延岡は県内で最も北に位置する地域の一つであるため、それほどサーフィンのイメージがないのですが、ポイントはたくさんあります。そのため混雑とは無縁で波乗りができるというメリットがあります。

 私の恩師が「よく学び、よく遊べ」と繰り返し説いていました。延岡は海を始め大自然に恵まれ、都会では体験できない「遊び」ができる環境がたくさんあります。この豊かな自然は「よく学び、よく遊べ」の実践には最適だと感じています(遊びが優先になると注意)。

 臨床福祉学科 日田 剛

宮崎刑務所見学に行ってきました!

2017年8月31日

8月8日、ゼミ生や本学教員と一緒に宮崎刑務所見学に行ってきました。なぜ刑務所見学?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、私達の国では生活に行き詰まり、生きるために罪を犯す方々が多数いらっしゃるのです。

生きていくことに困った時、誰かの支えがあれば、福祉の支援があれば、罪を犯さなくてもよかったのではないでしょうか。

今回は、刑務所見学を通して社会の現状を知るとともに、安心して生活していくための社会づくり、そして、受刑者の方々が社会復帰するために必要なことを教えていただきました。

 

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当日は、台風5号が過ぎ去った翌日で、とても良いお天気でした。そのため写真が逆光で見えづらいのですが、今回の見学研修でご説明、ご案内いただいきました緒方昭彦所長(後列中央)、元田治久総務部長(上写真:後列右)、庶務係長(下写真:後列右)です。


 

 


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お忙しいなか、見学研修を快くお引き受けいただき、また、私達の質問に丁寧にご回答いただき、誠にありがとうございました。そして、猛暑のなか、見学の際に多くの刑務官の方にご協力いただきました。重ねてお礼申し上げます。

最後に、受刑者の皆様にも大変、お世話になりました。心よりお礼申し上げます。

 

 

(参加学生の感想)

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累犯者の中には家族や親族等との繋がりを失い、職や自身の居場所もないという方が多く存在することが分かった
しかし彼らが社会復帰
する上でそれらは欠かせない要素となっており、出所後の生活を支援する福祉専門職との連携による社会復帰支援が重要であると感じた。

黒川瑠渚

 

 

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自分は初めて刑務所見学をして、自分が知らないことが多くあったことを実感した。もし、自分が刑務所の社会福祉士で働くことになったら、受刑者の方が出所した後に、地域で住みやすい生活ができるような支援をしたいと思った。
本当に今回は貴重な体験をさせていただき自分のレベルアップに繋がった。

井上裕太郎

 

 

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今回の宮崎刑務所の見学で疑問に感じていたことの解決や、新しく知ったことなどがいくつもあり非常に貴重な体験となった。
テレビや話などであらかたの理解や想像はしていたが、やはり実際に訪れて目で確認するとイメージと異なっていて違いを認識することができた。

川本耀士

 

 

 

以上、宮崎刑務所見学のご報告でした。

 

臨床福祉学科 西田美香

ボランティア活動

2017年7月31日

こんにちは。臨床福祉学科専攻の貫です。


今回は、7月15日に開催された特別養護老人ホーム「千寿園」の納涼祭にボランティアで参加した学生の様子をお伝えします。参加学生は、1年生から4年生まで総勢16名が参加しました。ボランティア活動の主な内容は、利用者のお世話(移動介助、コミュニケーション)、お祭りの進行補助、模擬店の手伝いなどでした。1年生は、福祉士施設でのボランティアはほとんどが初めてで戸惑いながらも一生懸命、先輩たちの姿を見ながら利用者と関わっていたようです。


 

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納涼祭の様子


 

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模擬店の手伝い(ヨーヨー釣り)

 

 

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模擬店販売の手伝い


 

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ばんば踊りに参加

 

ここで1年生の感想を一部、記述させていただきます。

・はじめてのボランティア活動で、利用者と触れ合ったがコミュニケーションがうまく図れなかった。そんな時、施設の職員や4年生の先輩が利用者と上手にコミュニケーションを図っている姿をみて自分も早くあんなふうになりたいと思った。

・様々な利用者と接して、どのように関われば良いのか全然、わからなかった。もっと認知症のことや介護の方法について勉強していればよかったと後悔した。今回のボランティア活動に参加して介護福祉士の事をもっといっぱい知りたいと思った。 そしてたくさんのボランティアに参加していろいろな人と話をしてみたい。

・施設のボランティアに行かせてもらい、皆より一足先に実習の現場を体感してきた。元々、祖父母との交流もあり高齢者のお世話や話をすることはできるだろうと思っていた。しかし想像と現実は違い、

様々な障害のある利用者との会話はとても難しかった。これから4年間、資格を目指すがこんなに不安になるのだからやはり「資格」は大切だと思った。


大学入学時、多くの学生は介護福祉士のイメージについてネガティブな印象が多く、進路についてもかなり迷っていました。しかし半年近く専門的な講義を受けたり、先輩からの話を聞いたり福祉ボランティアに参加したりすることで介護福祉士のイメージは大きくかわり、その役割を理解することで将来の目指す道が明確になりつつあります。


今後も様々なボランティアへの参加を促し、学生自身が自分の五感を通して福祉に触れ、まずは興味を持ってもらえるように関わって行きたいと考えています。

文責 貫

宿泊研修

2017年7月26日

山崎きよ子

少し前になりますが、5月に専門ゼミ生3年4名、4年8名と秋葉先生、私の14名で木城町の石井記念友愛社で宿泊研修をしてきました。

石井というのは石井十次のことで 約100年前に亡くなった児童福祉の父と呼ばれる人です。彼は生涯3000人の親、家族に恵まれない子どもを引き取り育て上げました。戦後 石井十次のお孫さんが事業を再興されました。戦後だけでも70年、通算すると100年ほど経過した児童養護施設です。今はお孫さんの次男にあたられる児島草次郎先生が理事長をしておられます。

木城町にある友愛社には石井十次が息を引き取った部屋のある静養館や、十次の親友倉敷紡績(当時)の社長の大原孫三郎が十次の墓参りのために建てた大原館や、岡山時代からの建物である箱舟館など100年以上の年月を経た建築群があります。

また草次郎先生は十次の時代からの宿舎を再現され、そこには五右衛門風呂、かまど、昔のタイルの流し、囲炉裏のある板敷の間、ポンプ式の井戸もあります。

本当は文化財として非常に貴重なものであり本来ならそこに泊まったりすることは考えられないのですが、その時代を想像すること、触れて感じることを大切にされる草次郎先生のご配慮で私たちはそれらを思う存分使用し、宿泊させていただいています。

私たちは 井戸で野菜を洗い、(この野菜も友愛社で作られたもので差し入れを頂いたものですが)、かまどで調理し、おいしくいただきました。

お米もかまどで炊きましたが 文字通り羽釜炊きのごはんはおいしくみんな大感激でした。

囲炉裏の周りで食事をし、お菓子を食べいろいろな話をしました。この日は草次郎先生も飛び入り参加してくださいました。また今年九州保健福祉大学を卒業し、川南社会福祉協議会に見事就職を果たしたY君と、宮崎の大きな病院の医療ソーシャルワーカーとして就職したK君がサプライズで来てくれ、大変楽しい夜を過ごすことが出来ました。

昨年はここでホタルを見ましたし、今年は星が大変きれいでした。

翌日は6時に起きてまたかまどごはんを炊き、味噌汁を作り朝からすごい食欲の学生にただただ感心するばかり。

9時からは友愛社の子どもたちも通う石井十次が当時創設したという茶臼原小学校でウォーキング大会が友愛社主催で開催され、私たちも参加させていただきました。約7キロほどの地域を歩きましたが、地域福祉は歩くことから始まることを実感しました。どんな作物が栽培され、住宅があり、人がどんな暮らしを営んできたかが分かります。

昔から農業地域の茶臼原はお茶畑が広がり、またサツマイモ、ジャガイモ他多くの野菜の産地です。加えて牛を飼っている農家もありこの地域のみなさんが農業を営み自然と共に生きていたことがわかりました。

ウォーキングの途中ではあめや飲み物、また到着後はお弁当の振る舞いもあり大変お世話になりました。

学生は思い出に残る2日間になったことと思います。

児嶋草次郎先生はじめ友愛社の皆様大変お世話になりました。

 

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昔ながらの井戸水ポンプを使っての調理



 

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ウォーキングの集合写真

沖田ダムの森の中を歩きながら(5)

2017年6月25日

季節は梅雨入りしたものの雨の少ない毎日です。沖田ダムの小道も,春先の鳥たちのさえずりもちょっと静かになり,もうしばらくしたらセミなどがうるさくなってきます。1周約8㎞のコースの中で,ほっとする景色がこの写真です。起伏のある坂を登り,わずかに右に曲がった所に広がる山並みと湖面のコントラストが好きな場所の一つです。

 

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さて,深町純という音楽家との出会いは,その音楽よりもデビュー時のエピソードや音楽性に関する活字情報の方が早かった記憶があります。東京芸大を卒業を目前にして退学した話や初期の編曲がイギリスのポール・バックマスターを模倣しているといった非難めいた文章を読んだ記憶があります。

芸術の才能と大学卒という資格の相関関係の有無は難しいものがありそうです。芸術大学を出たからといって傑作を生み出せる訳もなさそうだし,一方では芸術大学に行くことで眠っていた才能が目覚めることもありそうだし...。

もう一つの音楽性に関しては,確かにポール・バックマスターの影響を受けていることは否定できないように思います。それは一口で言うと,チェロやコントラバスなどの低音の弦楽器を多用していることです。ポール・バックマスターは初期のエルトン・ジョンの編曲を担当しており,その特徴は低音楽器を使ったクラシカルな味わいにあります。エルトン・ジョンのバックを担当した作品があります。しかしながら,彼が編曲した作品の中で最も耳にする楽曲としては,ニルソンが歌った「ウィズアウト・ユー」だろうと思います。ちなみにこの曲はバッド・フィンガーというグループの作品をニルソンがカバーしたものです。両者を聞き比べると編曲の面白さも理解できると思います。

深町純の初期の音楽活動のうち,編曲に関しては上に記したようにポール・バックマスターのように弦楽器を多用しています。私のお薦めは井上陽水の2枚目のアルバム所収の「夜のバス」やアリスの「明日への讃歌」,そして後藤明の「春・夏・秋・冬」の3曲です。これらに共通しているのは,低音の弦楽器が躍動していることです。編曲を「歌い手を引き立てる」と定義すると,彼のアレンジは原曲を引き立てるどころか,歌手と堂々と渡り合っているというか,歌そのものよりもバックの伴奏に耳が行ってしまいそうなところがあります。まるで,歌手と同じように自己主張しているようにも聞こえます。それだけに聴き応えはありますが,制作者サイドからすると,依頼しづらくなるような面もあるのではないかと推測してしまいます。

その後の深町純はフュージョンと呼ばれる分野に活路を見出しますが,この分野については詳しくなく,また興味関心もあまりないので遠くから眺めているだけでした。ところが,数年前,彼が日本の唱歌等を出しているのをCD雑誌で見つけて,どのような編曲で聞かせてくれるかという興味が起こり購入しました。その時点では,深町純がオーケストラに編曲した唱歌集かなと思っていたのですが,聴いて驚きました。深町純のピアノソロによる演奏ですが,まさに彼ならではの自己主張の強い作品です。「抒情歌集」のレコードやCDは持っている方ですが,それらに共通するのは一緒に歌える,BGMとしても聴くことができるといった心を和ませる点だと思います。しかし,深町純の演奏は,装飾音を多用し,リズムも一定ではなく,魂を揺さぶるような演奏です。BGMどころか聴き入ってしまう演奏です。「Hert of the Country~心の抒情歌集」と銘打たれたこのCDには,赤とんぼ,故郷,浜辺の歌,早春賦,朧月夜,旅愁,故郷の廃家,冬景色,花,卒業式の定番だった仰げば尊し・蛍の光など18曲が収められています。彼は「中島みゆき作品集」も発表していますが,これも元歌に負けない骨のある作品です。CDの帯に「情念の天才ピアニスト深町純が底知れない知性とその狂気にも似た才能によって紡ぎ出す中島みゆきの世界」という表現がありますが,まさに言い得て妙だと思います。

低音の弦楽器を中心としたオーケストラ・アレンジで自己主張した深町純は,最後は自らのピアノ1台で自己主張して逝ってしまったのかも知れません。

今回のこのブログで紹介した楽曲のうち,アリスの「明日への讃歌」はメンバーの矢沢透編曲のものもあります。また,後藤明の「春・夏・秋・冬」は「TBS水曜劇場の時間ですよ」という2枚組に収録されています。このCDは『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』などの番組で使用された音楽を集めたもので,変化に富んだ収録曲でお買い得です。ポール・バックマスターについては,エルトン・ジョンの『マッド・マン』がお薦めです。井上陽水の「夜のバス」は『陽水Ⅱ センチメンタル』に収められています。最後に,ニルソンの「ウィズアウト・ユー」は70年代の洋楽を集めたCDなどに収められています。

臨床福祉学科 長友道彦 でした。

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