教員の活動

ボランティア活動

2017年7月31日

こんにちは。臨床福祉学科専攻の貫です。


今回は、7月15日に開催された特別養護老人ホーム「千寿園」の納涼祭にボランティアで参加した学生の様子をお伝えします。参加学生は、1年生から4年生まで総勢16名が参加しました。ボランティア活動の主な内容は、利用者のお世話(移動介助、コミュニケーション)、お祭りの進行補助、模擬店の手伝いなどでした。1年生は、福祉士施設でのボランティアはほとんどが初めてで戸惑いながらも一生懸命、先輩たちの姿を見ながら利用者と関わっていたようです。


 

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納涼祭の様子


 

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模擬店の手伝い(ヨーヨー釣り)

 

 

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模擬店販売の手伝い


 

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ばんば踊りに参加

 

ここで1年生の感想を一部、記述させていただきます。

・はじめてのボランティア活動で、利用者と触れ合ったがコミュニケーションがうまく図れなかった。そんな時、施設の職員や4年生の先輩が利用者と上手にコミュニケーションを図っている姿をみて自分も早くあんなふうになりたいと思った。

・様々な利用者と接して、どのように関われば良いのか全然、わからなかった。もっと認知症のことや介護の方法について勉強していればよかったと後悔した。今回のボランティア活動に参加して介護福祉士の事をもっといっぱい知りたいと思った。 そしてたくさんのボランティアに参加していろいろな人と話をしてみたい。

・施設のボランティアに行かせてもらい、皆より一足先に実習の現場を体感してきた。元々、祖父母との交流もあり高齢者のお世話や話をすることはできるだろうと思っていた。しかし想像と現実は違い、

様々な障害のある利用者との会話はとても難しかった。これから4年間、資格を目指すがこんなに不安になるのだからやはり「資格」は大切だと思った。


大学入学時、多くの学生は介護福祉士のイメージについてネガティブな印象が多く、進路についてもかなり迷っていました。しかし半年近く専門的な講義を受けたり、先輩からの話を聞いたり福祉ボランティアに参加したりすることで介護福祉士のイメージは大きくかわり、その役割を理解することで将来の目指す道が明確になりつつあります。


今後も様々なボランティアへの参加を促し、学生自身が自分の五感を通して福祉に触れ、まずは興味を持ってもらえるように関わって行きたいと考えています。

文責 貫

宿泊研修

2017年7月26日

山崎きよ子

少し前になりますが、5月に専門ゼミ生3年4名、4年8名と秋葉先生、私の14名で木城町の石井記念友愛社で宿泊研修をしてきました。

石井というのは石井十次のことで 約100年前に亡くなった児童福祉の父と呼ばれる人です。彼は生涯3000人の親、家族に恵まれない子どもを引き取り育て上げました。戦後 石井十次のお孫さんが事業を再興されました。戦後だけでも70年、通算すると100年ほど経過した児童養護施設です。今はお孫さんの次男にあたられる児島草次郎先生が理事長をしておられます。

木城町にある友愛社には石井十次が息を引き取った部屋のある静養館や、十次の親友倉敷紡績(当時)の社長の大原孫三郎が十次の墓参りのために建てた大原館や、岡山時代からの建物である箱舟館など100年以上の年月を経た建築群があります。

また草次郎先生は十次の時代からの宿舎を再現され、そこには五右衛門風呂、かまど、昔のタイルの流し、囲炉裏のある板敷の間、ポンプ式の井戸もあります。

本当は文化財として非常に貴重なものであり本来ならそこに泊まったりすることは考えられないのですが、その時代を想像すること、触れて感じることを大切にされる草次郎先生のご配慮で私たちはそれらを思う存分使用し、宿泊させていただいています。

私たちは 井戸で野菜を洗い、(この野菜も友愛社で作られたもので差し入れを頂いたものですが)、かまどで調理し、おいしくいただきました。

お米もかまどで炊きましたが 文字通り羽釜炊きのごはんはおいしくみんな大感激でした。

囲炉裏の周りで食事をし、お菓子を食べいろいろな話をしました。この日は草次郎先生も飛び入り参加してくださいました。また今年九州保健福祉大学を卒業し、川南社会福祉協議会に見事就職を果たしたY君と、宮崎の大きな病院の医療ソーシャルワーカーとして就職したK君がサプライズで来てくれ、大変楽しい夜を過ごすことが出来ました。

昨年はここでホタルを見ましたし、今年は星が大変きれいでした。

翌日は6時に起きてまたかまどごはんを炊き、味噌汁を作り朝からすごい食欲の学生にただただ感心するばかり。

9時からは友愛社の子どもたちも通う石井十次が当時創設したという茶臼原小学校でウォーキング大会が友愛社主催で開催され、私たちも参加させていただきました。約7キロほどの地域を歩きましたが、地域福祉は歩くことから始まることを実感しました。どんな作物が栽培され、住宅があり、人がどんな暮らしを営んできたかが分かります。

昔から農業地域の茶臼原はお茶畑が広がり、またサツマイモ、ジャガイモ他多くの野菜の産地です。加えて牛を飼っている農家もありこの地域のみなさんが農業を営み自然と共に生きていたことがわかりました。

ウォーキングの途中ではあめや飲み物、また到着後はお弁当の振る舞いもあり大変お世話になりました。

学生は思い出に残る2日間になったことと思います。

児嶋草次郎先生はじめ友愛社の皆様大変お世話になりました。

 

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昔ながらの井戸水ポンプを使っての調理



 

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ウォーキングの集合写真

沖田ダムの森の中を歩きながら(5)

2017年6月25日

季節は梅雨入りしたものの雨の少ない毎日です。沖田ダムの小道も,春先の鳥たちのさえずりもちょっと静かになり,もうしばらくしたらセミなどがうるさくなってきます。1周約8㎞のコースの中で,ほっとする景色がこの写真です。起伏のある坂を登り,わずかに右に曲がった所に広がる山並みと湖面のコントラストが好きな場所の一つです。

 

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さて,深町純という音楽家との出会いは,その音楽よりもデビュー時のエピソードや音楽性に関する活字情報の方が早かった記憶があります。東京芸大を卒業を目前にして退学した話や初期の編曲がイギリスのポール・バックマスターを模倣しているといった非難めいた文章を読んだ記憶があります。

芸術の才能と大学卒という資格の相関関係の有無は難しいものがありそうです。芸術大学を出たからといって傑作を生み出せる訳もなさそうだし,一方では芸術大学に行くことで眠っていた才能が目覚めることもありそうだし...。

もう一つの音楽性に関しては,確かにポール・バックマスターの影響を受けていることは否定できないように思います。それは一口で言うと,チェロやコントラバスなどの低音の弦楽器を多用していることです。ポール・バックマスターは初期のエルトン・ジョンの編曲を担当しており,その特徴は低音楽器を使ったクラシカルな味わいにあります。エルトン・ジョンのバックを担当した作品があります。しかしながら,彼が編曲した作品の中で最も耳にする楽曲としては,ニルソンが歌った「ウィズアウト・ユー」だろうと思います。ちなみにこの曲はバッド・フィンガーというグループの作品をニルソンがカバーしたものです。両者を聞き比べると編曲の面白さも理解できると思います。

深町純の初期の音楽活動のうち,編曲に関しては上に記したようにポール・バックマスターのように弦楽器を多用しています。私のお薦めは井上陽水の2枚目のアルバム所収の「夜のバス」やアリスの「明日への讃歌」,そして後藤明の「春・夏・秋・冬」の3曲です。これらに共通しているのは,低音の弦楽器が躍動していることです。編曲を「歌い手を引き立てる」と定義すると,彼のアレンジは原曲を引き立てるどころか,歌手と堂々と渡り合っているというか,歌そのものよりもバックの伴奏に耳が行ってしまいそうなところがあります。まるで,歌手と同じように自己主張しているようにも聞こえます。それだけに聴き応えはありますが,制作者サイドからすると,依頼しづらくなるような面もあるのではないかと推測してしまいます。

その後の深町純はフュージョンと呼ばれる分野に活路を見出しますが,この分野については詳しくなく,また興味関心もあまりないので遠くから眺めているだけでした。ところが,数年前,彼が日本の唱歌等を出しているのをCD雑誌で見つけて,どのような編曲で聞かせてくれるかという興味が起こり購入しました。その時点では,深町純がオーケストラに編曲した唱歌集かなと思っていたのですが,聴いて驚きました。深町純のピアノソロによる演奏ですが,まさに彼ならではの自己主張の強い作品です。「抒情歌集」のレコードやCDは持っている方ですが,それらに共通するのは一緒に歌える,BGMとしても聴くことができるといった心を和ませる点だと思います。しかし,深町純の演奏は,装飾音を多用し,リズムも一定ではなく,魂を揺さぶるような演奏です。BGMどころか聴き入ってしまう演奏です。「Hert of the Country~心の抒情歌集」と銘打たれたこのCDには,赤とんぼ,故郷,浜辺の歌,早春賦,朧月夜,旅愁,故郷の廃家,冬景色,花,卒業式の定番だった仰げば尊し・蛍の光など18曲が収められています。彼は「中島みゆき作品集」も発表していますが,これも元歌に負けない骨のある作品です。CDの帯に「情念の天才ピアニスト深町純が底知れない知性とその狂気にも似た才能によって紡ぎ出す中島みゆきの世界」という表現がありますが,まさに言い得て妙だと思います。

低音の弦楽器を中心としたオーケストラ・アレンジで自己主張した深町純は,最後は自らのピアノ1台で自己主張して逝ってしまったのかも知れません。

今回のこのブログで紹介した楽曲のうち,アリスの「明日への讃歌」はメンバーの矢沢透編曲のものもあります。また,後藤明の「春・夏・秋・冬」は「TBS水曜劇場の時間ですよ」という2枚組に収録されています。このCDは『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』などの番組で使用された音楽を集めたもので,変化に富んだ収録曲でお買い得です。ポール・バックマスターについては,エルトン・ジョンの『マッド・マン』がお薦めです。井上陽水の「夜のバス」は『陽水Ⅱ センチメンタル』に収められています。最後に,ニルソンの「ウィズアウト・ユー」は70年代の洋楽を集めたCDなどに収められています。

臨床福祉学科 長友道彦 でした。

第25回日本社会福祉士会全国大会・社会福祉士学会(福島大会)

2017年6月20日

臨床福祉学科の日田です。6月3日・4日に福島県郡山市で開催された第25回日本社会福祉士会全国大会・社会福祉士学会に参加してきました。

 

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日本全国からおよそ1,200名の社会福祉士さんが参加されており、大盛況でした。私も本学の教員であると同時に社会福祉士ですので参加してきました。

 

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大会では、メイン会場での基調講演を始め、各分科会会場に分かれて会員からの発表もあり、会員相互の質疑応答では活発な議論が行われていました。


大会で得た新しい知見は、社会福祉士として明日からの活動の活力になります。

もちろん夜の懇親会も全国の会員と交流を深めて大いに盛り上がりました。私も日本酒の美味に酔いしれました。

ただ、次の日朝から分科会発表でしたので、抑え気味に飲んだのが心残り…。




 

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二日目の分科会で最近の調査研究の内容を発表してきました。これも社会福祉士として、また大学に身を置くものとしての務めです。


発表は毎回緊張しますが、発表を聞いてくださった会員さんからの質問を受けて、こちらも多くのことを学べるので、大変有意義です。また、全国各地から参加されるので、交流も深まります。

 

 

 

 





 

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普段の職場から離れて学会に参加することは、刺激にもなりますし、自分のモチベーションに繋がります。今後も精力的に学会に参加しようと思います。


臨床福祉学科 日田

仮設団地を、『人もペットも暮らしやすい街』にするために:熊本県益城町から

2017年6月13日

日本は災害大国と言われています。災害は、地域を襲い、私たちの<こころ>や<くらし>を根本から破壊してしまいます。人の<こころ>や<くらし>の支援を学ぶ心理学や社会福祉にとって、災害は、大変重要なテーマとなっています。


そして、災害が起きると、人間だけでなく、「ペット」も被災します。


『アニマルセラピー』では、人の<こころ>や<くらし>を支えてくれる動物たちですが、災害時には、飼い主とともに、支えや助けを必要とする存在となります。

 

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2016年4月に発生した平成28年熊本地震の被災地でも、ペットを「家族」と思う被災者の方々が、ペットとともに厳しい避難生活を送らざるをえませんでした。


私は、諸々のご縁があって、4月16日の「本震」直後から、最も被害が大きかった熊本県益城町内の避難所・仮設団地で、被災された方々とそのペットへのサポートに関わらせていただくようになりました。

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昨年7月には、益城町総合体育館避難所で、現地支援者の方々と共同で、避難ペットの写真展『いぬネコ家族写真展』の開催等のお手伝いをさせていただきました。

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多くの方が仮設住宅に入居された昨年11月以降は、ペットとともに仮設団地で暮らす飼い主(被災者)や現地の支援者とともに、『わんわんマナーアップ大作戦』など、「人もペットも暮らしやすい街づくり」を掲げた企画の立案・実施に関わっています。

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去る5月14日(日)、益城町最大の仮設住宅「テクノ仮設団地」にて、『第3回わんわんマナーアップ大作戦』が開催されました。このイベントは、「犬の飼い方マナー講座」の後、仮設団地の犬の飼い主さんたちといっしょに、「愛犬を連れて仮設団地のゴミを拾う」企画です。
(※この日のイベントの様子は、5月29日付の朝日新聞朝刊でも取り上げられていましたね)
http://www.asahi.com/articles/photo/AS20170529000154.html

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被災地は厳しい状況が続いていたので、これまでは、主に私1人で活動してきたのですが、今回、初めて、私のゼミに所属する臨床心理専攻3年生の学生3名とともに、仮設団地でのイベントに参加しました。

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初めて訪れる被災地・仮設団地の雰囲気に圧倒されつつも、3人とも動物が好きということもあり、ボランティアとして積極的に活動に参加してくれました。

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イベント終了後、地震発生以降のペットとの生活についてお尋ねするため、仮設住宅の飼い主さんのお部屋を訪問。急なお願いだったにもかかわらず、大変ていねいにご対応いただき、ゆっくりとお話を伺うことができました。

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その後、未だ地震の爪痕が残る益城町中心部へ。益城町では、倒壊家屋の解体がようやく進み、何もない更地がずいぶん増えていました。


大学に戻ってからのゼミで、今回の訪問について学生たちと意見交換しました。ゼミ生からは、「ペットを介して、被災者同士がつながること」「ペットを飼っていない住民もイベントに参加していること」等、『わんわんマナーアップ大作戦』の意義についての意見がありました。一方、発災から1年1ヶ月経ってもなお残る街の傷跡や、仮設団地での生活の厳しさにショックを感じたとの声も寄せられました。


ゼミ生たちは、3人とも、社会福祉士・精神保健福祉士等の援助専門職を目指していますが、今回の訪問が、若い感性にとって良い学びの機会になっていることを期待しています。同行してくれた佐藤君・林田さん・藤岡さん、早朝からありがとう!また、お忙しい中、私たちのためにお時間を割いてくださった住民の方々に、改めて感謝申し上げます。

加藤 謙介

五島列島の旅

2017年5月25日

学科長の秋葉です。連休に長崎県の五島列島に行ってきました。前にゼミ生が五島から来ており、どんなところかなと興味がありましたが、そう簡単に行けません。宮交の募集した団体ツアーがあったので、意を決して参加してきました。長崎まではバスで6時間、さらにそこからフェリーで3時間ほど。やはり時間がかかります。遠くに島影が見えてきた時の印象は、ずいぶん山が多い島だなぁというものでした。南太平洋の島国に住んでいたことがありますが、あちらの島はサンゴ礁からなる島が多いので、平べったい島ばかり。こんなことからもえらい違いを感じたのでしょう。



 

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五島には古い歴史があります。旧石器時代にはもう人が住んでいたようですし、古事記に出てくる知訶島が五島とのことです。遣唐使の時代には唐へのルートにもなっており(南路)、多くの人たちがここを通っていきました。空海もこのルートで行ったようです。遣唐使が唐にたどりつける確率が50%程度とか。往復するとなるとその半分の確率になるでしょう。島に「お船様」という遺跡がありました。船の形をした石ですが、これに向かって航海の無事を祈りました。航海技術も未熟な時代です。どんな気持ちでこの石に人々は向かったのか、、、、。千数百年前の人々に思いを馳せました。


 

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五島は隠れキリシタンの島でもあります。江戸時代に幕府の迫害を逃れて信仰を守り続けてきました。明治時代に入ると信仰の自由が認められるようになり、次々に教会が建てられました。それをバスで巡ったのですが、日本でこれだけ教会が多い地域は、他に例がないのではないでしょうか。お墓も日本式ではありません。墓石には十字架があり、戒名を見ると、洗礼名(マリアとかミカエルとか)がつけられています。始めてみました。



 

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下の写真は五島の奇岩の一つ「トトロ岩」です。トトロに似てますよね。

 

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たまに日常を離れるのも大事です。リフレッシュして仕事に励めます(励んでいます)。

専門ゼミの活動

2017年5月 9日

新年度になって早ひと月、新しい専門ゼミ生が決まりました。専門ゼミというのは、「この先生のもとで自分はこんなことを研究してみたい」という学生の希望と「この学生を自分が育ててみたい。」という教員の思いが一致して決まるクラスです。

少人数で楽しくまた厳しく学んで行きます。

私のクラス「山﨑ゼミ生」は今年4年生が8名3年生が3名です。4月末に4年生が3年生を歓迎する懇親会を企画してくれました。

3年生以上になると全員成人していますので、会場もお酒の飲める居酒屋が多いです。今回も居酒屋Eになりました。

コース料理と飲み物飲み放題2時間でいくらという形式のお店です。4年生はお店を決め、予約をしたり、どのようにお店まで行くか、帰るかなども考えながら決して飲酒運転者が出ないように、一人一人に確かめます。また個室で自分たちだけで話ができるようにするなどいろいろ条件を考えるので大変です。

でもこのような交流会はとても楽しくみんなと仲良くなれるので私のゼミでは時々行います。

3年生と4年生が早めに仲良くなる必要が 山﨑ゼミにはあるのです。それは5月末には一緒に木城町の石井記念友愛社というところに合宿に行くからです。一緒にご飯を作り、また同じ部屋で枕を並べて寝るので、(当然男女は別々ですが)早くから仲良くなっていてもらいたいと思って計画をお願いしました。

合宿の様子やそもそも「石井記念友愛社とはどんなところか」はまたの機会に報告しますね。

私は本大学が設立されて以来、もう十数年この専門ゼミを担当してきました。私のゼミの卒業生は百数十人になります。今年も3月に8名が卒業して行きました。8名のゼミ生の内7名が社会福祉士に合格しました。内2名は精神保健福祉士とのW資格で合格でした。また高等学校福祉の教員免許と社会福祉士の二つの資格を得、先生になるか福祉の道で頑張るか迷った挙句なんと倍率33倍の超難関の就職先に就職出来た学生もいました。さらにもともと介護福祉士資格を持って入学してきてしっかり社会福祉士資格を得てこれもW資格で卒業していった学生、子どもが好きで保育士資格を地道に受けながら児童発達支援センターに就職した学生、ボランティアと最後まで両立させながら試験合格をつかんだ学生もいます。一人一人が自分のライフストーリーをしっかり展開していった大学生活であったと思います。

その中で、時には文字通り寝食を共にしたり、福祉士の国家試験勉強にまい進したり、卒業研究が進まず悩んだり、泣いたり笑ったりしながら大学後半の2年間を過ごします。この専門ゼミこそが大学生活の醍醐味だと言う先生もいます。

そんなゼミが今年もスタートしました。一年間頑張らねばと私もまた気合を入れているところです。

山﨑きよ子

卒業生の活躍

2017年3月30日

大学教員の仕事には、研究と教育以外に地域貢献があります。住民への公開講座や講演のほか、福祉事業所が開催する会議の外部委員を引き受けることもあります。市町村や県の公的機関が組織する委員会への参加も地域貢献のひとつです。

 

先日、宮崎県社会福祉協議会が開いている委員会に出席しました。会議終了後、事務担当者の交代の挨拶があり、新年度から新しい事務担当者として紹介されたのが臨床福祉学科2010年度卒業生でした。たくさんの委員会メンバーの前でしっかりと新任の挨拶してくれました。新年度からの委員会がとても楽しみです。

 

学外実習で巡回指導にいくと職員として働く卒業生に会うことが増えてきました。また、実習施設指導者として卒業生が担当してくれています。今年のゼミ生から「就職が内定した福祉事業所の管理者がゼミのOBでした」との報告も受けました。

 

大学で仕事をしていると常に学生と接しているので、卒業生に対しても学生の頃の記憶のままで止まっています。そんなとき、社会で活躍している彼らに出会ったり話しを聞いたりすると、「立派になったな」と親心のように感慨にふけります。

 

臨床福祉学科の卒業生は福祉現場だけでなく、たくさんの業種に進んでいます。どんな仕事をしても本学科で学んだ“福祉のこころ”を胸にとどめてこれからも活躍してほしいです。

 

臨床福祉学科 三宮基裕

 

8月から始まる社会福祉実習の実習指導者との事前面談の様子。
卒業生も指導者として出席してくれました。 

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沖田ダムの森の中を歩きながら(4)

2017年3月17日

季節は段々と春めいてきています。沖田ダムに上っていく道路の川沿いにはこの時期になると,きれいな花が咲きます(写真:河津桜)。河津桜でしょうか,名前はわかりませんが,思わず見とれてしまいます。もっとも,これも車だと気づかずに通り過ぎてしまうかも知れません。最初に気づいたのは,自転車でダムに向かう途中でした。それ以来,この時期には注意するようにしています。

 

 

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この季節には,鳥たちのさえずりが活発になってきました。歩いていると,すぐ前や横を鳥たちが飛び回っています。2月下旬にはウグイスの初音も聞きました。まさに鳥たちの楽園といった風情があります。しかし,あと4ヶ月もすれば,セミたちのうるさいと言っていいくらいの鳴き声にこの道も覆われます。

また,冬の間に木々が木の葉を落として,見通しがよくなっている間だからこそ見える風景があります。ウサギ?きつね?犬?(写真:動物の顔)の顔のように見える部分が姿を現します。目のように見える部分が人工的なものなのか,たまたま偶然なのかはわかりませんが,この時期限定の光景です。若葉が生え始めると見えなくなってしまいます。

 

 

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さて,自分の才能の有無は別として,憧れている職業があります。編曲家(アレンジャー)です。今年(2017年)1月22日付朝日新聞の文化欄で「編曲家 歌に魔法」という見出しで特集されていたので,読まれた方もいると思います。記事を引用すれば,「編曲家とは 歌謡曲のイントロや伴奏,間奏などの譜面を作り,作曲家の作った歌メロや作詞家の作った詞を引き立て,曲の世界観を完成させる音楽家」です。ここでは,歌謡曲と書いてありますが,それだけでなく,音楽全般とした方が良いと思います。楽曲の魅力を引き出していくという点では,本学の建学の理念である「学生一人ひとりのもつ能力を最大限に引き出し引き伸ばし」に共通することだと思います。

私が,歌手や演奏者,作詞家・作曲家と同じように(あるいはそれ以上に)編曲家に注目するようになったのは二十歳前後の頃だと思います。その頃聞いたFM番組の中で,小椋佳さんが「小野崎孝輔さんは弦(ストリングス)の使い方が素晴らしい」といった趣旨のことを話したの聞いたのが,きっかけでした。改めて,レコードのクレジットに注目すると,初期の小椋さんの曲は,ほとんど小野崎さんが担当しています。当時(そして今でも)私が大好きなビー・ジーズというグループは大多数が3人兄弟の合作ですが,これも初期のほとんどの編曲は,Bill  Shepherd と記載してありました。それ以後,歌手や作詞家・作曲家だけでなく編曲家にも注意を払うようになりました。

そうした編曲家の中で,以前から,文字にしたいと思っていた人がいます。木田高介さんです。

五輪真弓さんの代表作に「恋人よ」という曲があります。歌詞の「冗談だよと笑ってほしい」という部分が実は,木田さんの死を歌ったものだということを,NHKテレビの午後のトーク番組の中で五輪さん自身が話しているのを見ました。もう10年以上前のことです。このことを誰かに喋りたかったものの,年月が経過し,いつ放送の正式な番組名もわからないままで,「私だけが知っている」状態でした。昨年11月5日の『朝日新聞 be版』で「恋人よ」が取り上げられ,五輪さんにとって「兄のような存在」であった木田さんとのエピソードが紹介され,やっと胸のつかえが取れた思いでした。

1980年5月に31歳で事故死した木田さんの編曲した作品として2曲が紹介されています。貧しい同棲時代の表現にぴったりマッチしたヴァイオリンのソロが哀感を誘うかぐや姫の「神田川」,一転して(昨年11月に亡くなった)りりィさんの「私は泣いています」は,デキシーランドジャズ風の編曲が施されています。

しかしながら、私が木田さんの仕事の中で出色の出来だと思うのは,上条恒彦さんが「六文銭」をバックに歌い,1971年の第2回世界歌謡祭でグランプリを取った「出発の歌-失われた時を求めて-」です。「さぁ~今 未来に ~宇宙に」と歌う長いリフレインのあと終わったかのように思ったあと,ドラムから始まる再度のリフレインが続き,そして華々しく終わるというダイナミックな編曲ですが,途中の木管楽器によるオブリガードも印象に残ります。私の好きな1曲で,是非聴いて欲しい作品です。 もし,事故に遭わなければどのように素晴らしい仕事をしているのだろうと思うと,残念でなりません。次回は,深町純さんについて書きたいと思います。      長友道彦でした。

沖田ダムの森の中を歩きながら(3)

2016年11月17日

沖田ダムの森も,秋から晩秋の風景となりました。9月頃はイガグリや栗の実も落ちていて,今年は拾い集めて茹でて食べました。10月になると,キンモクセイが植えられている道沿いの甘い香りに例年のように郷愁を覚えました。また,これまでは殻だけ落ちていて注意を払わなかったものに,アケビがあります。甘い物に飢えていた時分には,時に口にしていたのがアケビです。散歩の途中,落ちたばかりのアケビを拾ったものが(写真1)です。

 

 

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50年ぶり位になるでしょうか,久しぶりに口にすると,ほんのりとした甘みがありました。しかし,黒い種もあり完食はできませんでした。昔は,これでも充分に甘く感じられたと思います。上を見上げると,枝に実をつけていました(写真2)。

 

 

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そのうちに,鳥たちの餌になり,殻だけが落ちてくるのでしょう。また,ムカゴを採っている人に出会ったこともあります。里山には,色々な食べものがあり,動物や鳥たちにとっても絶好の食糧の確保の場所になっていることを実感させてくれます。動物と言えば,猪の子どものうり坊は2~3回見かけましたが,先日は鹿らしきものを見かけました。以前,都農町に住んでいた頃の早朝,都農ワイナリーの麓で親子連れをはっきりと見たことがあるので,恐らく間違いないと思います。

 すっかり秋らしい風景となりました(写真3~写真5)。これから,落葉がすすみ,冬の風景に変わっていきます。

 

 

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そのようなダムの小道を歩きながら,思い出したことがあります。

 それは,60年を越える人生の中で,今でも忘れられない光景です。勤務していたある高校で目撃した場面です。1月中旬のある朝,SHRに行くために事務室前の玄関を通りかかった時,1人の女子生徒が玄関横の赤い公衆電話で,声を抑えながらも厳しい口調で話している声が耳に届きました。「駄目じゃないの,ちゃんと起きて学校へ行かなくちゃ!」。顔を見ると私が教科を担当しているSさんでした。不登校か,あるいはその傾向があり,高校受験を控えている弟に登校を促している内容でした。今,「高校受験を控えている弟」と書きましたが,これはその後で担任の先生に,見かけた光景を伝えた時に,担任から入手した情報です。こうした情報交換が,教育現場では重要なことであることは今も変わりません。その後,このことで彼女と話をしたり,大きく事態が動くこともなく,時は過ぎて行きました。

 後日談になります。その年の4月に私は他の高校に転勤になりました。夏休みの8月中旬に,担任していた女子生徒たち数名が訪ねて来てくれました。転勤後の学校のこと,進路のこと,そして友だちのことに話が咲きました。その中で,私から訊ねたのか,それとも彼女たちの誰かが「そう言えば…」という形で切り出したのか,判然としませんが,Sさんの名前が出ました。それは,私にとって衝撃的でした。「Sさんが大きなお腹を抱えてバスに乗っているのを見かけた」という内容です。聞けば,高校も退学したとのことでした。

 1月中旬の,必死に高校受験を控えた弟に登校を促している彼女の姿から,妊娠・退学した彼女の姿は簡単には想像することはできませんでした。1年足らずの間に,彼女の身に起こった事態を考えると,暗澹たる思いでした。自分にできることはなかったのか,今でも忸怩たる想いがあります。今,私にできることは,彼女(下の名前はR子さんです)が幸福に暮らしていること,生まれたであろう子どもさん(30歳を越えたくらいでしょう)も幸福であってくれたらなと願うことです。

 R子さん。今あなたがどういう境遇で暮らしているかわからないけれども,あなたの幸福を願っ ている人間が1人はここにいますよ…。

 

教師はこんな風に,何かの拍子に,思いがけない生徒の名前や顔を思い浮かべることがあるのです。

 

臨床福祉学科  長友道彦

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