教員の活動

トイレの花子さん(10) 沖田ダムのこと

2015年8月18日

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大学の南,直線距離にして約2㎞の場所に沖田ダムがあります。ダムの周囲は8.16㎞の周回コースになっており,水辺まで降りて行くこともでき,釣りをする人やゴムボートをダム湖に浮かべて楽しむ人たちもいます。夏場のこの季節は中央の公園に自然を活かしたプールも開設されて,親子連れなどの姿が見られます。

 私はこの周回コースが好きで,もう10年近く通っています。最初は,普通の自転車でダムまでこぎ登り,一周して帰るというパターンでした。この「自転車でこぎ登る」という運動のきつさは今でも思い出しますが,まさに「心臓がバクバク」という状態で,50歳代初めで久しぶりに感じた体力的なきつさでした。自転車で一周というパターンをしばらく続けていましたが,歩いたりジョギング(ランニング)している人たちもいるので,歩いてみることにしました。

 『となりのトトロ』ではありませんが,歩くのは大好きでした。自宅から愛宕山や城山,今山へ行ったり,五ヶ瀬川や大瀬川の堤防などを歩いていました。ダム湖の周辺を歩き始めると,今までとは違う楽しみに気づきました。木々の葉擦れの音や川の水音,鳥や昆虫の鳴き声,季節によって変化する光や木の葉の色や落葉。春夏秋冬の変化を楽しむことができるようになりました。実は,以前「欲しいなぁ」と思っていた物にヘッドフォン型のステレオがありました。「歩きながらでも音楽が聴けたらといいだろうな」という気持ちでした。しかし,今は欲しいとは思いません。季節に応じて変化する生き物の鳴き声やせせらぎの音,風の音を聞きながら散歩する喜びを大切にしたいと思うようになりました。散歩しながらイヤフォンを耳にしている人を見かけると,「せっかくの自然の音色があるのに,もったいない」と思うようになりました。

 週末に,歩いて一周することを3~4年続けました。その間,9月以降になるとランニングする人が増えてきます。綾マラソンや,青島太平洋マラソンなどに挑戦する人たちだろうと思います。そこで,私もランニングに挑戦することにしました。歩くことの好きな私でしたが,歩くことと走ることではこんなにもきつさが違うのかを思い知らされました。周回コースには反時計回りに500㍍ごとに標識が設置してあります。まずは,500㍍を走りましたが,息が切れました。少しずつ,少しずつ慣らしてゆき,何とか走りきることができるようになりました。現在は,年齢のことも考え,無理をしないように走ったり歩いたりしています。

 さて,このように沖田ダムに通うようになると,珍しい光景に出逢うことがあります。まずは,猪の子どもたちのうりぼうを見かけました。3匹ほどのうりぼうが私の前を歩いていたのですが,私に気づき,山側へ逃げて行きました。

 もう一つは不思議なガマガエルです。周回コースは,反時計回りに歩くと,右手が山,左手がダムの湖水側になります。私が歩いていると前方の左手のガードレールの下にガマガエルがたたずんでいました。「どうするのかな」と思いながら,その横を通り過ぎたあと,振り返って見るとガマさんの姿はそこにはありませんでした。ガードレールの下は,2㍍ほどの崖です。私は歩きながら,「ガマガエルは誤って落ちてしまった事故なのか,それとも覚悟の自死なのか」と考えながら歩き続けました。

 

このように沖田ダムを愛している私は,少なくともダムを汚したりすることはありません。しかし,中には心ない人がいて,弁当くずやペットボトルなどが投げ捨てられています。その一方で,そうしたゴミを集めて片付けたり,大雨の後の土砂や側溝にたまった枯れ葉などを取り除いてくれている奇特な方もおられることを紹介して今回は終わります。

臨床福祉学科 長友道彦

 

トイレの花子さん9~コンサートでトラブル発生!~

2015年7月 8日

久しぶりに,レコードを聴いています(長友家ではまだレコードは現役なのです)。ワルド・デ・ロス・リオスというスペイン出身の音楽家(編曲・作曲家,指揮者)の『八つの偉大なシンフォニー』です。40年ほど前の音楽業界では「ポップ・クラシカル」という音楽のジャンルがあって,その先駆けともなった人物であり,レコードです。ベートーヴェンの「第九」やシューベルトの「未完成」,モーツァルトの「交響曲40番」などが収められています。このレコードのドボルザークの「新世界より」を初めて聞いた時の驚きは,今でも覚えています。それは,どこかのオーケストラの演奏に後からエレキ・ベースやギター,ドラムスなどのリズムセクションをかぶせただけの演奏と思わせる導入から,ワルドらしい原曲の雰囲気を残したままの編曲であったからです。以後,彼のアルバムを求めてレコード店巡りをしました。結局,交響曲集が2枚,モーツァルトの曲集,協奏曲集,序曲集,オペラ集が各1枚の計6枚を入手しました。

 

 

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クラシックの旋律の借用はそれほど珍しいことではありません。この「新世界より」の第2楽章の有名な旋律は,「遠き山に日は落ちて」という歌で知られています。また,モーツァルトの「ピアノ協奏曲21番」の第2楽章などのように,映画音楽などにも活用されている曲もあります。私が俳優・高倉健を評価するようになった作品は,『冬の華』でしたが,これにはチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」が巧みに活かされていました。

 このように書くと,「あなたの音感は良いのでしょうね?」と言われるかも知れませんが,全く良くありません。時々,家人からたとえば「ベートーヴェンのピアノ協奏曲3番て,どんな曲?」と訊かれたとします。私の頭の中では,その代表的な旋律が浮かんでいるのですが,唇をついて出てくるのは似ても似つかぬ旋律なのです。家人曰く「どんなのか見当もつかない」。私「・・・」。

 私が自分の音感の無さを思い知らされたコンサートがあります。私が,日本映画の中で最高傑作と思っているのは,松本清張の原作を野村芳太郎が映画化した『砂の器』です。ハンセン氏病に対する偏見・差別と殺人という重いテーマを扱いながら,映像美と演技力と音楽によって大きな感動を与えてくれます。加藤剛演じる主人公の作曲家が書いたのが『宿命』という「ピアノと管弦楽のための組曲」で,当時の朝日新聞の映画評で「殺人を犯す人間が作るにはあまりにも美しすぎる」といったニュアンスの記事を覚えています。実際の作曲は今は亡き菅野光亮(かんの・みつあき),音楽監督は芥川也寸志(あくたがわ・やすし) (龍之介の子どもさんで,故人)。芥川氏が「独立した演奏会用としても鑑賞に値する作品」と表した名曲です。いつかは実際に生で聴いてみたいと思っていましたが,実現したのが九州交響楽団の演奏会でした。指揮は実際の映画音楽でもタクトを振った熊谷弘さん,ピアノは羽田健太郎さん。『宿命』の生演奏があり,指揮の熊谷さん・ピアノの羽田さん・コンサートを企画した川谷さん,そして菊池恵楓園園長の由布雅夫氏のトークがあり,実際の『砂の器』の上映という構成でした。

 

 

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「遂に『宿命』を生で聴いた」という感動冷めやらぬ中に始まった熊谷さんと羽田さん,企画の川谷さんのトークの中で語られた驚きの事実。

 羽田さん:いやぁ,慌てましたよ,途中でピアノの弦が1本切れてしまったから。

  (客席を向いて)気付きませんでした?

 全く,気付きませんでした。1音抜きのピアノに気付かなかった自分の耳に失望するか,1音抜きのピアノで熱演した羽田さんに拍手を送るか,それでも感動を与えてくれる曲を書いた菅野さんを絶賛するか。いずれにしても自分の耳がたいしたものではないことを思い知らせてくれたハプニングでした。なお,羽田さんは2007年に亡くなりましたが,熊谷さんは,2012年11月に再び九州交響楽団と『宿命』を演奏しました。また,西本智実さんも昨年日本フィルハーモニー交響楽団と演奏して,これはCDで発売されています。

 コンサートでのハプニングでは,ヴァイオリンの弦が切れた演奏会もありました。宮崎室内楽音楽祭(現在の宮崎国際音楽祭)で,県立劇場のコンサートホールにその名を残すアイザック・スターンさんを中心として,徳永二男さんなど日本人演奏家によるブラームスの「弦楽六重奏曲第2番」を演奏していたときのことです。第2楽章の途中で,スターンさんのヴァイオリンの弦が切れて,第2楽章の最初から演奏し直しました。この旋律は映画音楽にも使用されたくらいの美しく哀愁を帯びたメロディで,私の好きな曲の一つでしたから,中断したのは残念でしたが,ちょっと得した気にもなりました。

 ついでに,オーケストラでのハプニングも思い出しました。オーケストラで,ステージ前方から後方へヴァイオリンのリレーが行われたことがあります。最後尾の人は,自分のヴァイオリンを前の人に渡し,リレーされたヴァイオリンを持ってこっそりと退場し,しばらくして静かに加わりました。恐らく前方の奏者の弦が切れ,後ろの人のヴァイオリンを借り,後ろの人はさらに後ろの人の楽器を借りて…というように,リレーされたのだと思います。オーケストラの場合,人数が多いので,演奏し直すことはないのでしょうね。

 いずれにしても,トラブルやハプニングといった不測の事態に対する危機管理の意識や態勢を整えておくことは大切なことです。

レコードからCDの時代になって(CDも時代遅れになりそうですが…),良かったことは,レコードで廃盤となり入手困難なレコードがCDで復刻されてきたことです(例えば,宮崎県出身の尺八奏者村岡実さんが,ジャズの「テイク・ファイブ」を演奏した作品など  KICS2535)。しかしながら,上に書いたワルドの作品はまだ,CD化されていません。現在彼の作品を聴くことができるCDは,編集盤の『僕たちの洋楽ヒットVol.3』(WPCR-14418~9)でミゲール・ラモスの歌唱で「よろこびのシンフォニー」として聴くことができます。彼の作品がCD化されることを願いながら,今回は終わります。なお,映画のサウンドトラック盤の『宿命』も入手可能です。

長友道彦でした。

ただいま この絵本、いち押し!

2015年5月29日

 

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みなさん、いかがお過ごしですか?

 

あっという間に暑くなりましたね。

本学では、いろんなところが主催する数々の新入生歓迎会が終わり、1年生も少し慣れてきたようです。


私は臨床心理学の中でも子ども関係が専門なので、お店に行っては、お菓子売り場をうろついてみたり、おもちゃ売り場に行ってみたり、子どもたちに混じって絵本売り場で立ち読みしたりします。

(子どもが専門というのは、いいわけかもしれない!?)


 

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絵本は子ども用と言われていますが、大人にこそ読んでほしい!と思うものがたくさんあります。


ただいまのいち押しは、写真にある3冊です。

先日も高校の先生方に強くオススメしました。

広告も随分されているし、見かけた人もいると思いますが、ぜひ、手にとって開いてみてください。

くれぐれもお店で爆笑しないようにWWW


ちなみに、作者の方は存じ上げないし、出版社から何かもらっているわけではありません。


 

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子どもの心を忘れずにいる大人はステキですね。だから、大人になることをこわがらないで大丈夫! 一歩一歩、前へ!

 


*「りんごかもしれない」「ぼくのニセモノをつくるには」「りゆうがあります」

3冊とも、作・絵 ヨシタケシンスケ PHP研究所


文責:田中陽子

トイレの花子さん 8

2015年5月28日

 

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5月ももう終わろうとします。5月になると,いろいろなことを思い浮かべます。

いきなり恐縮ですが,クイズです。

Q1 私たちが「国民の祝日」としている休日は,平成27年5月段階で,何日あるでしょうか?

Q2 その祝日の月日と意義(法の定め)は何でしょうか?

 

A1 15日。

A2 「国民の祝日に関する法律」に定められた月日と内容は次の通りです。

 

1月1日 元日…年のはじめを祝う。

 1月第2月曜日(もとは15日) 成人の日・・・おとなになったことを自覚し,みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。

2月11日 建国記念の日・・・建国をしのび,国を愛する心を養う。

3月20日頃(法律では 春分日) 春分の日・・・自然をたたえ,生物をいつくしむ。

4月29日 昭和の日(←みどりの日←天皇誕生日)・・・激動の日々を経て,復興を遂げた昭和時代を顧み,国の将来に思いをいたす。

5月3日 憲法記念日・・・日本国憲法の施行を記念し,国の成長を期する。

5月4日 みどりの日・・・自然に親しむとともにその恩恵に感謝し,豊かな心をはぐくむ。

5月5日 こどもの日・・・こどもの人格を重んじ,こどもの幸福をはかるとともに,母に感謝する。

7月第3月曜日(もとは20日) 海の日・・・海の恩恵に感謝するとともに,海洋国日本の繁栄を願う。

9月第3月曜日(もとは15日) 敬老の日・・・多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し,長寿を祝う。

9月23日頃(法律では 秋分日) 秋分の日・・・祖先をうやまい,なくなつた人々をしのぶ。

10月第2月曜日(もとは10日) 体育の日・・・スポーツにしたしみ,健康な心身をつちかう。

11月3日 文化の日・・・自由と平和を愛し,文化をすすめる。

11月23日 勤労感謝の日・・・勤労をたつとび,生産を祝い,国民たがいに感謝しあう。

12月23日 天皇誕生日・・・天皇の誕生日を祝う。

 

これらの日々に対して,「こどもの日」に,「父へ感謝はないのか」という突っ込みを入れたくなりますが,それはおきまして…。何回かの法改正を経て,現在の形になったもので,「海の日」に対して「山の日」が8月に設けられることになったのは周知の通りです。さて,ここでまたクイズです。

Q 1985年の法改正で,休日となり,現在は国民の祝日となっている日はどれでしょう。


A 5月4日 みどりの日です。

 

1985(昭和60)年の法改正で,

第3条 3 その前日及び翌日が「国民の祝日」である日(「国民の祝日」でない日に限る。)は,休日とする。

という項目ができて,該当する5月4日は最初休日してスタートしました。

この時に,5月1日,労働者の祭典であるメーデーを「国民の祝日」にという意見が出ました。もし,これが実現していたら,8連休以上の,まさにゴールデンウィークになったのですが,残念ながらそうはなりませんでした。

 

5月になるときに思い浮かべるのは,この祝日法のことと,5月1日そのものです。英語ではFirst of May。これを原題とする楽曲があります。「若葉のころ」という邦題がついたビージーズというグループの曲です。

 

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1960年代は,原題に対して,映画の配給会社やレコード会社が知恵を絞って邦題をつけることが多くありました。「白い恋人たち」というロマンティックな邦題がついた映画の原題は,「フランスの13日間」という冬季オリンピックのドキュメンタリー映画です。フランシス・レイの曲もヒットしました。Love Story という原題の映画は「ある愛の」となり,紅涙を絞りました。上記の「若葉のころ」も使われた映画の原題はMelody,これを映画会社は「小さな恋のメロディ」という邦題をつけて日本ではヒットしました。内容を的確に表現することは,それなりのセンスが必要だと思います。そう言えば,外国人の著作等を翻訳する際にうまれた言葉に鎖国があります。江戸幕府の外交政策の「鎖国」は,ドイツ人医師のケンペルが「日本は長崎を通してオランダとのみ交渉をもち,閉ざされた状態であることを指摘」し,この部分をオランダ通詞の志筑忠雄が「鎖国論」と題したことに由来します。「まさに言い得て妙」という気がします。

 

そして,5月になると思い出す痛ましい事件もあります。2000年5月3日,巨匠朝比奈隆さんの率いる大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏でベートーヴェンの交響曲第4番と5番を聴きに福岡に行きました。

 

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悠揚迫らぬどっしりとした演奏を堪能してホテルに帰り,テレビをつけたら17歳の少年による西鉄バスジャック事件を報じていました。佐賀から福岡天神に午後3時前に到着予定のバスということを聞いて,ひょっとしたら朝比奈さんのコンサートに来るはずの人も乗っていたのではないか?と思いました。その推測は,翌日の新聞で裏付けられてしまいました。Tさんという,教師を退職した女性が犠牲者であり,朝比奈さんのコンサートに行くためにそのバスを利用したということでした。翌年の12月に朝比奈さんは亡くなったので,私が聴いた最後の演奏となったのですが,この時の演奏はCDになっています。これを聴くたびにこの事件のことも思い出すのです。


以上,5月にまつわる話でした。 長友道彦

卒業生の結婚式

2015年5月20日

介護福祉コースの稲田弘子です。

  

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この5月、卒業生の結婚式が2回ありました。

 

 1組目は5月5日、大学の同級生同士です。

 晴天の中、チャペルから2人が笑顔で階段を降りてくるのがとても印象的でした。2人とも「カフェが好きで、よくいろいろなカフェに行った」ということで、今風なのか、庭園に「デザートカフェバー」を作り、新郎がコックさんの帽子をかぶり、新婦が白いふりふりのエプロンを着て、参列者にデザートを盛り付けてくれました。

 いたるところに参列者への「こころづかい」が垣間見える披露宴でした。

 

2組目は5月16日、新郎の結婚式に行きました。

 新郎が5人兄弟の末っ子ということもあり、甥や姪がたくさん来ており、とても家庭的な結婚式でした。新郎は学生時代より、よく両親や兄弟姉妹の話、「甥姪がかわいくてしょうがない」と言っていました。結婚式に出席し、本当に家族仲良く、ほのぼのとしたご家族でした。甥御さんが、今、はやりの「ラッスンゴレライ」を披露し、とても盛り上がりました。

 

立派な新郎の姿、美しい新婦の姿を見ると、私自身がご両親と同じ年代なのでついウルウルしてしまします。学生時代「あんなだったよね」「こんなだったよね」と走馬灯のようにいろいろなことが思い出されます。

 

卒業生の結婚式に出席すると、大学時代の友人も出席しますので、同窓会になります。学生時代より体型がちょっと大きくなったり、小さくなったりしていますが、やはり学生時代と全く変わっていません。その時代に戻っています。これも、卒業生の結婚式に出席する楽しみでもあります。

 

        2組とも末永くお幸せに…

トイレの花子さん7

2015年4月15日

新年度が始まりました。

 今回の花です。

 

 

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4月13日(月),宮崎県赤十字血液センターから移動採血車が本学に来ました。私も,前回に続いて献血しました。採血されながら,「売血」という言葉を思い出しました。僕が高校時代の先生の中のどなたからか聞いたのか,昭和20年代から30年代を描いた小説か何かに書いてあったのか,はっきりしませんが,売血という悲しい響きを持った言葉がありました。現在は,「献血」制度ですが,売血は戦前からあったようです。この売血に関して,『昭和萬葉集』に次のような2首を見つけました。

 

寒(さむ)ざむと飢(う)ゆる子ら見れば術(すべ)なけむ血を売りて友の頬はこけたり  (術=手段・方法…引用者)

 佐藤彰矩「短歌精神」(昭和10年11月) 『昭和萬葉集 巻3 39頁』

 

飢えている子どもたちのために,他にお金を得る手段もなく,血を売ってどれだけのお金が得られたかわからないけれども,そうせざるを得なかった親の辛さ,悲しさが伝わって来ます。

 

血を売らん人等相寄る病室の窓に明るき陽かげ動かず

 中村静子「ポトナム」(昭和16年4月) 『昭和萬葉集 巻5 241頁』

 

血を売ってしか収入を得ることのできない人たちが少なからずいたことを伝える作品です。

 

本学の学生や職員の協力者の姿もありました。事前のアンケートや問診もあり,徹底した管理の下で行われています。せっかく献血しようとやってきたのに,前夜の睡眠時間が短いために断念せざるを得ない学生もいました。センターの方々の話だと,本県は血液量が少ないとのことでありましたので,献血の輪がもっと広がって行けばと感じました。なお,献血後は通常は歯磨きとかジュースなどの飲み物が提供されますが,前回同様「延岡ライオンズクラブ」からパンとバナナ,そして卵のサービスもありました。

 

貧しさ故に,髪を売るということもあったようです。カツラなどの為でしょう。


 髪売りて米を買ふとふあはれさの今の世にありと新聞は報ず  (買ふとふ=買うという…引用者)

 大友虹路 「国民文学」(昭和6年3月) 『昭和萬葉集 巻2 154頁』

 

生活のために,恐らくは自慢の長い黒髪を売って,お米を買うという,辛く悲しい内容です。

 

この短歌を読んで,思い出した作品があります。アメリカの短編の名手オー.ヘンリーの「賢者の贈り物」というのがあります。金時計を大事にしている夫と長く美しい髪を持つ妻の心温まる話です。有名な作品ですので,まだ読んでおられない方には,是非一読を勧めます。

 (文責 長友道彦)

 

トイレの花子さん6

2015年3月27日

今回のトイレの花の名前はわかりませんが,毎回ありがとうございます。

 

 

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大学は,3月19日に卒業式(学位記授与式)も無事に終了しました。昨年始まった新設生命医科学部の校舎建設も終わり,新入生を迎える準備が着々と整いつつあります。

 

 

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Q:九保大での1年が終わろうとしていますが,先生はどのような感想をお持ちですか?

 A:高校現場と違って戸惑うことが多かったです。例えば,ちょっとした文房具なども自分で手配しなければならない。本も注文から支払い伝票の作成もしなければならない。改めて高校の事務室の方々のご苦労は大変だったろうなと思っています。逆に大学では庶務課や会計課,学生課など目に見えない,縁の下でのご苦労をかけているだろうなと感謝しています。

 

Q:九保大の学生に対する印象はいかがでしょうか?

 A:高大連携の会議やセンター模試,センター本試験などでちょくちょくお世話になっていました。構内がきれいなことと,学生諸君がよく挨拶してくれているという印象を持っていましたが,それは今も変わりません。特に学内の美しさは清掃担当の方々がプロとしての誇りを持ってなされているということがわかりました。

 学生諸君は,思っていた以上に真面目に誠実に学問に取り組んでいると感じました。自分の学生時代を振り返ってみて,僕の方が恥ずかしくなるような気もします。

 

Q:ちなみに,先生の学生時代はどうだったんですか?

 A:今の僕からは想像できないかもしれないけれども,徒党を組んで,ヘルメットをかぶり,棒を振り回して,「刺した!」「刺された!」とか「殺せぇ~」とか,「盗め~」とか叫んでいましたね…。

 

Q:えっ,それって学生運動?内ゲバですか?

 A:ふっふっふ(笑いながら)。実は硬式野球ですよ。野球用語で「刺殺」「捕殺」「挟殺」とか,「盗塁」とか「本塁で憤死」などというのもありますね。農学部のI君が三塁,僕がショートを守って「大型三遊間」と言われたこともありましたねぇ~。

 

Q:その身体でですか?

 A:あっ,「おおがた」は「おおがた」でも,血液型のO型コンビでしたね。リーグ戦の期間中は体育会系そのもので,試合に行くときはちゃんと学生服を着て球場へ移動していました。が,シーズンが終わると,今の言葉で言うと「チャラ男」だったような気がします。今,教師の立場で,九保大の学生諸君と比較すると「思い起こせば,恥ずかしきことの数々…」ということですね。

 

Q:恥ずかしい失敗談を1つでも…。

 A:(固辞しながらも)そうですね。あなた,これまでに救急車に乗ったことがありますか?

 

Q:いえ,幸いにして一度もありません。

 A:僕は少なくとも2回はあります。最初は,大学の野球部の夏合宿の時。次は高校で野球部長をしていた時,生徒が倒れて付き添って同乗したのが二回目です。

 最初の時は,内野ノックの打球に対して横っ飛びした時,打ち所が悪く腰に激痛が走り,救急車で搬送されることになりました。球場周辺の野次馬が集まって来て,「どうしたんだ」などという会話が耳にはいります。僕は痛いけれども意識はあるわけで,搬送されるにふさわしく,(苦痛に顔を歪めなければならないだろうなぁ)などと考えていたのが,自分でもおかしく,それが生まれて初めての救急車体験でした。

 

Q:今後はどのような気持ちで,学生に接して行かれますか?

 A:「こくし」という言葉は,大学に来て身近な言葉になりました。中学やいわゆる進学校での最終的な試験は,入試ということになります(専門高校では資格試験や検定もありますが)。入試の場合は,第一志望・第二志望などがあるけれども,「国試」はAll Or Nothing,○か×かしかないのでシビアだと思います。それだけに本学の先生方の学生に対する指導に対する力の入れ方は中途半端ではないとつくづくと思います。高校現場の先生方の指導も熱心です(僕もその一人であったのですが)。しかし,九保大の先生方の指導はそれに勝るとも劣らないものであると思います。

 そのような姿を見ていると,僕自身も教職課程を担当する教員として,幼稚園・(小学校)・中学校・高校の先生を育て送り出す責任感・使命感を痛感します。今の教育現場は様々な問題が山積しています。そうした課題に対応できる先生を育てていかなければならないという武者震いみたいなものを感じています。

 

Q:本日はどうもありがとうございました。

 

今回は仮想インタビュー形式でした。この時期は何と言っても桜ですよね。構内の桜です。

「桜の樹の下には屍体が…」と書いたのは,梶井基次郎でしたねぇ。学生時代に惹かれた人です。

文責:長友道彦

 

 

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哲学者のつぶやき ~其の二十二~

2015年2月19日

ご無沙汰であった。特に忙しくしていた訳ではない。ただ、なんとなく筆が進まなかっただけのことである。

 この季節、大学院生の研究発表が開催される。いっぺい先生の院生と哲学者の院生も明日、発表を行う。プレゼンテーションの指導をしていて、ふと気づくと午後7時であった。例年に比べると、仕上がりは早い。それでも日曜で、人が極端に少ないキャンパスを歩いていると、「遅くまで仕事したな」という気分になってしまう。いかん。いっぺい先生が欧州で研究していた時、他の研究者のメリハリの付け方に驚いたらしい。そう、哲学者もメリハリをつけるため、2人の院生と楽しい夕食をとることとするか。

 

 

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トイレの花子さん5

2015年2月10日

大学は後期試験も終わりに近づきました。立春を迎えて,まさに「♪春は名のみの♪」寒さが続いています。今年は,特に宮崎県はインフルエンザが猛威を振るっています。

 さて,本学の正門前の道路を西に100mほど行ったところに,「青春の散歩道」の石碑があります。

 

 

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そこには,郷土の生んだ偉大なる歌人若山牧水の代表的な作品の歌碑が配置してあります。

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり 『路上』

 

 

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けふもまたこころの鉦ををうち鳴らしうち鳴らしつつあくがれて行く 『海の聲』

 

 

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短歌は,五七五七七の31文字,俳句は五七五の17文字を基本として,人事・心情を詠み上げて行きます。限られた字数を遙かに超えた感動を読む人に訴えかけてくる作品があります。私にも,忘れられない詩歌がいくつかあります。

 尾崎放哉の「咳をしても一人」は,高校の教科書で出会った句ですが,わずか7文字・9音で,恐ろしいほどの寂寥感が伝わってきます。

 「白杖の 親の手を引く 七五三」 この句との出会いは偶然です。15~6年前,宮崎へ車で出張の際,何気なくスイッチを入れたNHKのラジオ番組から,放送された視聴者の投稿作品です。この作品をアナウンサーが詠み上げたとき,まさに私の琴線に触れました。車を道路脇に止めて,急いでメモしたのがこの句です。句を書き留めるのが精一杯で,作者に関することまでは気が回らず,作者がどのような人なのかは,皆目わかりません。この句は,いろいろな場面,状況などを思い起こさせてくれます。主役の七五三の子どもは,男の子なのか女の子か。恐らく着飾っているであろうその服装は,着物なのか,洋服なのか。また,白杖の親(目の悪い親)は父親なのか母親なのか。私は,次のような光景を想像してみました。白杖の持ち主は父親で,背広姿。母親は和服姿で,寄り添っている。七五三の子どもは男の子で,羽織袴姿。左手には千歳飴の袋を持ち,右手は父親の手をしっかりと握っている。「お父さんは目が不自由だけれど,僕がしっかりと守っていくぞ」と言っているような雄々しい顔で,カメラに向かっている…。

 教師になった頃,講談社から『昭和萬葉集』の刊行が始まりました。その時の新聞広告に掲載されていた作品があります。

 征く人に いそぎ嫁すると 退学の 届差し出す生徒けさあり 瀬戸敏郎

 「昭和15~6年の巻」に収められています。満州事変から日中戦争,そして太平洋戦争に向かう時代の教師がどのような想いで,退学届を受け取ったのかを想像すると,平和な時代の教師として,このような事態は決して繰り返してはならないと衝撃を受けた作品です。

 忙しさにかまけて,目を通すことのなかった『昭和萬葉集』を熟読・吟味して昭和史の中で,教師たちがどのような想いで時代を生きて,歴史的事象をどのように受け止めていたのかを検証していくことが一つの課題だと思い,読み進めているところです。

 今回のトイレの花は水仙ですよね。(今時のトイレは全部スイセンです。)

 

 

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我が国の音楽界に影響を与えたフォークソングにブラザース・フォーが歌った「七つの水仙」という名曲があるのを思い出しましたが,若山牧水も

 水仙のたばにかくれてありにけりわが見出でたる白椿花 『砂丘』 というのがあることを紹介して,今回は終わります。

(長友道彦)

国家試験無事終了!!!

2015年2月 3日

こんにちは。臨床心理専攻教員の横山裕です。

 

大学受験シーズンもいよいよ大詰めですが、これから受験する皆さん、最後までしっかり頑張って下さい。1、2年生の皆さんは、先輩方がこの時期どのように過ごしているのかしっかりと見ておいて、自分が受験する時の参考にしましょう。

 

さて、精神保健福祉士国家試験が1月24日、25日の両日にわたってありました。横山ゼミからは4名が受験しました。ゼミ担当教員として心配だったので、世話を焼いて今年も引率としてついて行きました(自分でも過保護だとは思いますが)

 

まずは、行きのJRの車窓から虹が見えるという幸先の良い“おつげ”がありました。しかも滅多に見られない完璧なアーチ型。これで学生のテンションがめっちゃ✖2あがり不安な気持ちが相当に和らぎました。

 

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今年の試験会場は北九州の九州共立大学でした。なので、今年は黒崎に宿をとりました。

 

去年までは会場が大宰府だったので博多に宿をとり、受験に備えた合格メニューを揃える食堂選びはバッチリだったのですが(昨年の2月5日のブログ参照)、今年の黒崎周辺ははじめてだったので合格を引き寄せる食事ができるのか心配でした。

 

ところが、さすが食の都、福岡、北九州。ばっちり、栄養もお味もパーフェクトな食事をとることができました。おかげで学生も本来の力を出し切ることができたようです。(合格発表は3月なのでそのときはっきりとわかります)

 

まずは、前々日の夜にドカンと景気づけとエネルギーを貯めるため、うな重。すごく美味しかったです。

 

2)うな重.jpg

 

前日の朝はクロワッサンを食べ、試験場の下見にいって、お昼に豚骨ラーメン。お店がいっぱいあり迷いましたが、そこは長年の勘。(&ぐるなび)

これまた、めちゃくちゃ美味しかったです。

 

3)ラーメン.jpg

 

で、前日夜はおきまりのカツ。お店が閉店間際でほぼ貸切状態で贅沢にいただきました。

 

4)カツ重.jpg

 

当日朝はセオリー通りに早目に軽くすませ、午後からの試験に備えて、昼も早目に消化に良いうどん。最寄駅の折尾名物、かしわうどん。これもめちゃくちゃ美味しかったそうです(実は私は前日のカツ重がお腹にもたれてて昼ご飯はパスしました。というか、私の方が緊張していて食事が喉を通る状態ではなかったのですが)

 

 

 

5)かしわうどん.jpg

 

試験初日の夜は、試験で使ったエネルギーを充填するために、ちょっとだけ時間をつかってもつ鍋を食べました。消化の良さと栄養補充には定評のあるもつ鍋ですが、もしかしたら究極の受験鍋かも。

 

6)もつ鍋.jpg

 

で、二日目の午前の試験が無事終了。帰りは、これまた折尾名物のかしわ飯を買って汽車の中でゆっくりといただきました。一人の学生は汽車に乗るやいなや爆睡して大分過ぎてから食べていました。それだけ試験に全力をつかったということでしょう。

 

7)鳥飯.jpg

 

これから受験する皆さんも食事と睡眠は十分にとって当初の目標をクリアしてください。今を越えれば、春はもうすぐです。

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